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ジッソーのタイショー2
女性耐性はないほうだという自覚はある。
あまつさえ、とんでもないことを聞かれたら取り繕うなんて不可能だ。
「としあきって、いつも実装石と一緒にいるよね? 実装石好きなの?」
「い、いや、別にそんなことないよ?」
ゼミの女の子…桜庭のり子に声をかけられて死ぬほど焦る。
午後の勉強会が終わって、いざ帰り支度をするときになってのことだ。
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ジッソーのタイショー 2
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あのショッキングな偽石覚醒から二年が経ち、すでに大学生活3年目の秋になっている。
直接話がわかる相手には気安くなるもので、あれから俺はちょくちょく実装石と話をしていた。
例の「大将」が若干気にはなるが、大将と呼ぶだけあって一歩引いた立場で実装たちは話してくれる。
それに居心地のよさを覚えていたということは否定しない。
キャンパスの中で実装石と会話をする機会があったのも事実だ。
しかしまさか人の目に触れていたとは少々迂闊だった。
それも知人に見られていたとは…
「なんとなくだけどかわいいじゃん、あいつら」
しどろもどろになりながら心にもない言い訳をする。
自分が実装混じりであることは絶対に隠さないといけない。
そのためには愛護派の誤解も甘んじて受けよう。
しかし、こんな苦しい言い訳に彼女はうれしそうに答える。
「そうだよね? かわいいよね? 実装石」
はぁ、マジデスカ? アナタ本気デスカ?
というか本物の愛護派さんデスカ?
ゼミの中じゃかわいいと言っていいのり子。
多少は意識していたが…
まさか彼女が実装愛護な人だとは思わなかった。
「じゃあ今度実装の話しようよ」
と一方的に声をかけて去ってゆく彼女。
なにやら誤解が生じているようだけど…
ゼミの連中が彼女に声をかけていたのは知っている。
そしてそれがほとんど空振りに終わっていることもである。
あまりそういうことに興味のない子かと思っていたのだが
…んー、これってフラグって奴ですか?
実装がらみで初めての役得って奴ですか?
知らず顔が緩むが、あまり青春の余韻に浸っている暇はなかったようだ。
不意に俺の椅子の背もたれが蹴られる。
不愉快さも露に振り返れば、ゼミ仲間の男がそこに立っていた。
「実装好き同士盛り上がってキモイわぁ、お前ら気は確かかよ」
軽蔑した視線でこっちを見下ろす男、名はあきゆき。
「実装好きの気が知れねーわ。実装は人間と共存なんかできねーんだよ」
隠そうともしていないが、こいつはマジの虐待派である。
なにせ「被害にあった実装石からの生証言」なので信頼性は高い。
そして、のり子に声をかけた事のある人間の一人でもあった。
今のを見られていたらしい。
面倒な、とは思わないでもないが、引き下がるほど純でもない。
なんにせよ、ちょいムカっ腹がたったので、軽く溜飲を下げることにする。
「なぁに、隠れてジックスするほど好きじゃねえよ」
「なっ…!?」
思わず立ちすくんでいるあきゆきの横を、まとめた荷物を片手に通り過ぎる。
これも「被害にあった実装石からの生証言」である。
おいおい、そのリアクションはベタスギだろ…と心の中で笑いながら教室を後にする。
* * *
事実あきゆきによる虐待被害については、実装石たちと話をすると頻繁に出てくる話題だった。
4匹いた仔を強制的に16体分裂させられた親実装だったり、
目玉を無理やり交換させられて出産が止まらなくなり衰弱死した姉を語る腹の大きな妹実装だったり、
妙にまろやかな顔で黒髪の蛆をなでる中実装だったりと相手はバラバラだが、
大学周りの実装石にあきゆきの悪名…もとい悪外見は轟いていた。
「ふたば山公園」でも同様である。
「こまったもんデス…」
すっかり俺たちの定位置となってしまったベンチでボス実装が愚痴った。
水道局の計器小屋と茂みに近いこのベンチは人気もなくよい環境である。
「ボスから辞めさせるようにいってもらえんデス?」
「悪いけどそこまで仲良くねえし…ってか仲悪いし」
「デス…」
確かに実装石とは喋るようになったが、愛護派になったわけではない。
一方的にかわいがってはいない…イーブンに近い感覚だ。
そんな風にくっちゃべっている目の前を、実装の家族連れが通り、ボス実装と俺に会釈してくる。
「なんでこんなに俺には礼儀正しいのかね」
「デス? 大将はいわばワタシタチの神様デス」
「そんなもんなのか?」
飼い実装の糞蟲と野良の糞蟲は基本的に考え方が違う。
飼い実装の糞蟲は人間をなんとも思っていないが、野良は賢い種であれ糞蟲であれ、
人間に一定以上の恐れ、そして憧れを持っている。
そんな野良にとって、やさしい人間に飼ってもらう以上に、そもそも人間になってしまうということが、
まさに希望の具現化、神格と同義というわけらしい。
…ムラから議員さんが出たノリだろうか。
「自分が人間になれるわけでもあるまいに…」
「それでも、もしかしたらのカケラは希望になるんデス…とくに力の弱いナカマにとってはデス」
だから野良実装たちは自らの希望を守るつもりで俺のことを大事にしているのだという。
そういえば町でも飼い実装たちはあまり俺のことを気にかけている様子ではなかった。
なるほどなぁ。
「じゃあ、俺がなにかお願いでもしたら聞いてくれるのかね?」
「大将、なにか頼みごとがあるデス?」
「いや、借りは作らん主義だ」
「デェ、じゃあ代わりに例のギャクタイハの男を…」
「貸しも作らない主義だ。っていうか代わりになってねえだろアホチン」
デコピン一発。
「デェ、大将は細かいヤロウデス」
「…絶対に神様扱いとか嘘だろおまえら…」
実装石とはそんな付き合いをしていたのだが、意外と早く前言撤回する事態になった。
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ある日の実験の後のことだった。
「どうしよう…」
のり子が真っ青な顔で呟いている。
あれからのり子とは何度か食事をする仲になった。
会話をする機会も格段に増え、ゼミの実験でも当番を組むことが増えていた。
他のゼミ員はすでに帰り、実験の片付けも終わったあとである。
「どこいっちゃったの…!」
彼女の必死の形相が事態の深刻さを物語っている。
聞けば、親から入学祝に贈られたルビーのピンキーリングがなくなった、という。
それも実験機材の洗浄の間だけ外していて、その間に無くなったらしい。
目は離したものの、そうそうモノがなくなるような環境じゃない。
「そんな…」
「いつなくなったかわかる?」
「器具を洗う間は外してた…でも、その間だけだよ、外してたの」
必死にカバンの中、机の下を探す彼女。
「転がってしまったのかもしれない。手伝うよ」
「…うん、ごめん」
ゴミ箱の中まで探そうとするのを押しとどめ、その役は俺が引き受けた。
しかし、一度仕舞った資料の束を机の上に開いて間を確かめても、結局指輪は見つからなかった。
呆然とするのり子。
ありがちな慰めの言葉をかけようとしたが、彼女の言葉にかろうじてそれを飲み込んだ。
「ママが最期にくれたものなのに…」
「…大事なものなんだな」
「うん…」
多くを語ろうとしない彼女。
それでも、両親がいない俺にとって、その言葉は何より重みがあった。
「わかった、もう少し探してみるから、事務に届けを出して先に帰りなよ」
「え、いいよ、悪いよ」
「もう届いてるかもしれないしさ。確かめついでに行ってみなって」
「でも…」
「大丈夫
俺にはこういうときに頼りになる 人脈 につてがあるんだ」
* * *
のり子からは礼と諦めのメールが入っていたが、ここまできて引いたら男がすたる。
最後まで実験棟の片づけをしていたのは俺と彼女。
その間に指輪がなくなった。
ならば、実験棟の中に指輪はあるはずである。
「…わかった?」
「「「デッス!」」」
実験棟の鍵をなんとか持ち出し、院生達もみなゼミ棟に引き上げた後。
照明を落とした実験室の中、俺の目の前には実装石が最低でも100匹集まっていた。
「もう一度言うからよく聞け? この建物の中に、このくらいの大きさの、、
赤い石のついたわっかの形をしたものがあるから、探してほしい」
「「「デーッス!」」」
「…ほんとうにわかった?」
「「「お任せデッス大将!」」」
軽くひるみかけているこちらに比べて、やる気満々の実装石たち。
この実装たちは、ふたば山公園からも駆けつけて来てくれた実装たちだ。
ボスに作戦…実装石による指輪捜索ローラー作戦を提案してみたら、
留守番役の実装石を除いた殆どの実装が集まってくれた。
しかし、いくら近場とはいえ、公園から大学までは実装の足ではそれなりの距離がある。
ので、親父の遺品のひとつ…年季の入った軽トラでの大移動をし、実装石たちは今ここにいる。
見知った顔もいくつかあるはずだが、残念ながら俺には個体の区別は全然つかない。
それでも、「大将のために役に立ちたい」オーラはギンギンこっちに伝わってくる。
情けないような申し訳ないような、嬉しいような複雑な気持ちにさせてくれた。
「それじゃあ…頼む!」
「「「デデデーーーッス!!!」」」
月夜の号令の元、無数のオッドアイが闇に散っていった。
ロッカーの裏、パーティションの影、空調のパイプ裏に這いずってゆく実装石。
廊下を飛び出し、消火器の死角、引き戸のレール、カサ立ての溝までチェックしに行く仔実装。
狭い隙間には抱えた蛆実装を滑りこませて奥を探す実装石までいる。
俺も捜索に加わろうとしたが、動き出そうとするその前に手に手に「収穫物」を抱えた実装石たちが戻ってくる。
ペットボトルのキャップ。
パンの袋止め。
針金の切れ端。
ホコリまみれのイカリング。
実験棟中の「それっぽいもの」が次々と俺の足元に集められる。
五円玉。
ガムの紙。
メントス。
ポテコ。
実装石たちにとってエサとなるものも中には含まれていたが、
実装石たちは一切それに手をつけることなく、俺の元に運んできた。
俺が首を横に振ると、きびすを返してまた廊下の外へ駆け出していく。
タイムリミットは警備が入るまでの3時間。
俺達の長い夜が始まった。
* * *
「…ちがう、それじゃない…」
「デー」
検分係と化した俺の元にはゴミ…もとい実装石たちの蒐集品が集められ続けたが…
「…ないな」
「デェ」「テチャ」
2時間半にわたる作戦の結果、一抱えもあるゴミの山を作っただけで時間切れとなってしまった。
よっぽど落胆していたのだろうか。
例のボス実装が俺の足元に寄ってきてこんなことを言う。
「見つからないってことは、きっとなくしてないんデス
心配無用って奴デス」
ポフポフとホコリまみれの手でデニムを叩く。
ちくしょう…糞蟲のくせに…
「デェ? 大将、痛いデス」
ポフポフポフと強めにボス実装の頭を撫でる。
「…止めるデス…」
ボフボフボフ…ボフ
あー、ちくしょう、かっこ悪いなぁ…
何に対して?
見栄を切った女に対してと…協力してくれた… 仲間 に対してだ。
* * *
実装石達を公園に送り返す。
公園の入り口で、やっぱり金平糖をばら蒔くと、実装石たちはめいめい手を振りながら巣に戻っていった。
さて…帰るか、と立ち上がった俺の足元に、蛆を抱えた仔実装が一匹いる。
「どうした?」
「えと…テチ」
「留守番組か? しょうがねえな、特別に金平糖わけてほしいのか?」
本来なら労働に対する報酬として用意したものだが、蛆一匹分に目くじら立てるものも…
まあ、いるかもしれないが、こっそりやるなら問題あるまい。
しかし、袋を開けかける俺を制して、蛆を抱え上げる仔実装。
「テチ、そうじゃなくて、コレ、タイチョウにあげるテチ」
「これ?」
抱え上げられた蛆実装をよくよく見てみる。
その腹には、赤い石のはまったチャンピオンベルト…じゃない…
「これ…どうした?」
「テェ、あのコワイニンゲンがここにすてていったテチ
タイチョウがこんなの欲しがってたってママがいってたテチ
ひろって蛆チャンのハラマキにしてたんだけど、タイチョウにかわりにあげるテチ」
「レフー」
「げんきだしてほしいテチ」
「レフレフー」
蛆実装が腹にはめていたのは、見覚えのあるピンキーリングだった。
深呼吸。
崩れそうになる表情と涙腺を精一杯引き締めながら、わざとおごそかな声を作り、二匹に声をかける。
「そうか…でかした」
「テチ?」「レフィ?」
思いっきり撫でてやりたいところだが、そんなことしたらこのちっぽけな首が軽くもげる。
いや、撫でるよりも、もっとはっきりと報いてやらねばならない。
蛆の腹からリングを抜き取った俺は、仔実装に告げる。
「うちに帰った仲間達をもう一度集めておいてくれ。大将から大事な用事があるってな」
「ようじテチ?」
「すぐに戻る!」
俺はコンビニに駆け出した。
金平糖が買い足せるコンビニはそうそうないだろう。
しかし構うものか。
チョコだって飴だって、コンビニには実装石が喜びそうなものがいっぱいあるのだ。
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「あのコワイニンゲンをどうにかしてくれるデス?」
あの宴会の夜、チョコまみれの顔でボス実装が聞き返してきた。
「ああ、どうやら俺も奴にちょっと用事ができたみたいだし」
仔実装の証言から、指輪紛失の顛末がわかってしまった。
実験後、誰かが故意に指輪を盗んだのなら実験棟で見つからないのは当然だ。
そして、その場にいたのは、ゼミの人間…あきゆきが犯人なら全て辻褄があうのだ。
実装好きかつ自分を袖にしたのり子を忌々しく見ていた虐待派のあきゆきには動機もある。
一緒にいた実装好きな(とあきゆきは思っている)俺に盗難の嫌疑がかかってもいいというわけだ。
むしろ恋敵に一矢報いるならば、むしろ積極的に疑ってもらったほうがいい、ということだろう。
で、指輪自体はさっさと捨ててしまえば、あきゆき本人にに疑いがかかることもない。
変に小細工をするよりもリスクの少ない処分方法だ。
いたずらにしてはなかなかよくできた構図とも言える。
仔実装のちゃちぃ頭脳で作れるような話ではない…愚鈍ゆえに正直、おそらく仔実装の証言は事実だ。
だとしたら、あきゆきにはちょっとお灸をすえる必要がある。
…たまたま実装石たちと目的が一緒になっただけである。
それに借りっぱなしは俺の性に合わないのだ。
「そこでだ、奴をやっつけるために、なるべく情報が欲しい」
「デスー」
俺の呼びかけに顔を合わせる実装石たち。
次の瞬間、一斉にデスデステチテチ話し出したからたまらない。
「「「黄色い袋のウマウマが今度イモウトちゃんが3匹も黒いウネウネに触るとカイカイがママどこテッチャー」」」
「ええい、なんでも好き勝手に喋ってるんじゃねえ!
その怖い人間が何時ごろ来るかとか、大体どの辺をうろつくかとかそういう情報!」
「「「デー?」」」
「不満そうな声を上げるなっ!
…あとはー、この公園、どんな奴が来るんだ? 他の怖い人間とかいないのか?」
結局いろいろな無駄な情報が集まる。
どっちにしろリンガルだと処理しきれない情報だ。
その中で…
「…へぇ、そんな奴らが…」
「デスー?」
思いがけない話を耳にして、俺の脳裏にひとつの作戦が浮かび上がったのだった。
* * *
というわけで夜中の公園の茂みの中に俺はいる。
周囲には群の中でも比較的足の速い実装石…例の5匹とボス、そして側近2匹がついていた。
あらかじめ足の遅い個体や仔実装たちは離れたところに避難させている。
強い偽石の反応は、この作戦の邪魔になるのだ。
「ビリジより連絡デス ターゲット、公園に入ってきたデス」
斥侯役の実装石が報告する。
自分の名前を名乗るとき、うれしそうな顔をしているのは見間違いではあるまい。
作戦前に、精鋭部隊の実装石には各々コードネームをくれてやったのだ。
俺としては洒落のつもりだったのだが…
8匹ともまるでご馳走の山を見つけたかのように喜んでいた。
喜んでくれたのだが…
「よし、じゃあモスとグリン、配置につけ」
「デェ…大将ワタシはエメラデス」
「ワタシはカーキデス。間違えちゃダメデス」
「…すまん」
実装の見分けなぞそもそもつかないのだ。
早まったかもしれないなー、と微妙に遠くを見るが、すでに作戦は始まっている。
指示を受けた囮役の1匹があきゆきの前をわざとらしく通り過ぎた。
「ひゃっはぁ」
あきゆきがバールのようn(ry を振り上げた。
狩り師が罠に踏み込んだ瞬間だった。
* * *
あきゆきはどうやら広範囲偽石センサーを持っているらしい。
これが実装石から得た情報のひとつだった。
偽石の摘出に使われる偽石センサーだが、バッテリーを直列にし、出力を上げると
僅かな間だが広範囲の実装石の位置を知ることができる。
もっとも広範囲化することで精度は下がり、見失った実装石の方角を追いかけるくらいしか
使い道はないのだが…
「デェェェェ! 来たデス来たデス!」
「こっちデス! ここに隠れるデス!
…デェェェッス! こっちデスー! じゃなかったこっち来るなデスー!」
茂みを巧みに利用してショートカットし、あきゆきに距離を詰めさせずに公園の奥に誘導する実装石たち。
まだそのセンサーを使わせるにはいかない。
あくまで視認で実装石を追いかけさせなくてはならない。
あきゆきの視界の先にかならず1匹。
それも追いかけるカタルシスを味わわせながらも、攻撃の届かない絶妙な距離。
冷静になれば公園中の実装石が妙に少ないことや、実装石の足が通常よりも速いことに気が付いたかもしれないが、
公園に入ってすぐに「元気のいい抵抗するはぐれ実装」を見つけてしまったあきゆきは完全に
「わかりやすいヒャッハーモード」に突入してしまった。
むしろ、させるための演技だったのだが、事前のあきゆきリサーチどおりの結果に満足するべきだろう。
しかし、こちらとしては気が気ではない。
足の速めのチームを組んだとはいえ、実装石と人間の足では圧倒的な走力の差がある。
そして、一匹が捕まってしまえば、作戦全体がアウトだ。
通りすがりの振りをして俺が止めに入るしかないだろうが…最悪あきゆきと殴り合いになるだろう。
それでは意味がない。
綿密に練った作戦通り、囮の役目を果たした実装石が安全地帯まで逃げ込むたびに
血が脳に上がったり下がったりする感覚で目が回りそうになった。
そして、誘導も八割終わり、最後の囮実装に走者が移った直後…
「デスァッ!」
囮役の実装石が転んでしまった。
それを見たあきゆきが満面の笑顔になる。
「おっと、転んじゃったねー 残念だったねー ここまでかなー?」
やばい…アウトか?
待機場所から飛び出そうとする俺。
しかし、俺より先に転んだ実装石の前にふらりと飛び出す一匹の新手がいた。
「デッデロゲー♪ デッデロゲー♪ デ?」
両目を緑に染めた一匹の実装石。
「おやおやおやー なんとタイミングの悪いママ実装ちゃんだろうね〜?」
いざというときに待機させておいたボス実装…コードネームはヒスイ。
アクシデントが起こったときのために、予備走者として配置していたのだが…
確かにいざというときは妊婦の振りをしてあきゆきの気を引けと指示はしていた。
あきゆきの虐待嗜好は抵抗する個体と出産石に偏っているのだ。
しかし、本当に目を緑色に染めるとは!
迫真の演技ではない演技に完全に気を取られたあきゆき。
その間にころんだ走者実装は茂みに姿を隠すことに成功する。
そして、ヒスイの最後のダッシュのおかげで、あきゆきはとうとう作戦地点まで踏み込んだのだった。
* * *
あらかじめ斜めに掘った穴に逃げ込んだヒスイ。
茂みと照明の死角によって、あきゆきの視界から完全に実装石たちがいなくなったことになる。
「んっんっんー どこに隠れたのかなぁ糞蟲ちゃんたちぃ〜?」
よだれを垂らさんというか、たらしながらあきゆきがわざとらしく周囲を見渡す。
なんという生き生きとした顔…指定の位置の俺からもはっきりと見える。
「隠れても無駄だよぉ〜?」
あきゆきは芝居がかった手つきで懐から偽石センサーを取り出し、起動させた。
今だ!
俺は偽石に意識を集中した。
偽石の力は精神と密接に関係している。
服の中で緑色の光が次第に強まっていくのが感覚でわかった。
* * *
「おおっ、そこか…」
あきゆきの手元のセンサーは、少し離れた茂みの奥に大きな偽石反応を検出していた。
周りの小さな反応など消し飛ぶほどに、それは大きな反応である。
「なるほど、そこに隠れていたのかぁ」
まさに舌なめずり。
バールのようn(ry を抱えたあきゆきは、目的の茂み向かって最短距離を突っ切るために跳躍した。
「ヒャッハーーーーァ!!」
* * *
「ウホッ?」
「ウホッ!?」
「ーーーア?」
あきゆきの頭は真っ白になっていた。
いざ栄光の殺戮ロードへ、と踏み出したその先には、屈強なお兄さんが二人、
絡み合って怪しげな雰囲気をかもし出していた。
「…え、と」
バールのようn(ry を取り落とすあきゆき。
小さな広場に気まずい空気が流れる。
混乱する頭をフル回転させて事態の把握につとめるあきゆき。
どうやら、この屈強なバラのお兄さん達の邪魔をしてしまったと脳が分析するまでに5秒。
この場に残っているのはとてもまずいのではないかと判断するのに3秒。
「失礼しました、続きをどうぞ…」
及び腰で後退するあきゆき。
しかし、あきゆきにとってはとても残念なことに、お兄さん達のほうが復活するのが早かった。
「いい男に見られてしまったな」
「見てしまったのはいい男だったな」
「これはやるや?やらざるや?」
「やらいでか」
「うむ、やらないか」
「え、ちょ、ま」
「俺たちはノンケでも」
「食っちまうんだぜェェェェェ!」
「や、や、や」
ひとつ奥の茂みからあきゆきに合掌すると、
笑いを堪えながら静かにその場を後にした。
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「大将、うまくいったデス?」
「ああ、これで当分あいつはこの公園に近づかないだろう」
実装たちが教えてくれた情報のひとつ。
「マラつきニンゲンが2人、ここの茂みでよくパコパコしてるデス」
というものだった。
いくら虐待派とはいえ、直接実装石が人間に手を出せば問題になる。
むしろ復讐心を大いに盛り上げさせ、結果もっとひどいことになるだろう。
かといって、正攻法でどうにかなる相手ではないし、そもそも俺は仕置きがしたい。
そこで、「普通に起こりうる自業自得の最悪の事態」を無理やり起こすべく、
お兄さん達のハッテン頻度を調査し、それに合わせて俺がゼミの課題進行を調節し、
今日この夜にあきゆきが公園に来られるように図ったのだ。
それでも頭の中ではこちら側に被害が出ることを当然に予想していたのだが…
「まあ、グラスが転んだときにはどうなるかと思ったぜ…」
「…大将、転んだのはリーフちゃんデス」
「…」
「大将…全員の名前を覚えたら御褒美あげるからしっかり覚えるデス」
「なんでもいうこと聞いてあげるデス」
「…あーもー! 少しはかっこつけさせやがれ糞蟲どもめ!」
「そんなことより大将、今度生まれるワタシの仔にも名前を付けてやってほしいデス」
「あ、そうだ、お前大丈夫か? えーと…」
「ノーヒントで名前を当てるデス」
「…ちょっと待て、今頭が動いてない。えーと、ボスにつけた名前は…」
「時間切れデスー」
勝利のテンションで大いに盛り上がる俺達の頭上の上を
「はぁぁぁぁぁぁン」
まるで尻こ玉でも抜かれたような悲鳴が背後から抜けていった。
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春になった。
冬の間は活動を休止する実装石たちとあまり会話する機会もなかった。
それでもあきゆきによる虐待被害はぴたっと止まったようで、殆どの個体が冬越しの支度を整えられたようだ。
そろそろ公園の実装石たちも活動を開始する時期だろう。
久しぶりに金平糖でも持っていってやるかな、と下宿の階段を下りてゆく。
桜の花びらがどこからか舞い込んでくる。
流れる暖かい空気。
いつもなら何気なく通り過ぎる掲示板の前。
しかし、俺の脚はそこで強制的に静止してしまった。
掲示板には一枚の文字だけの張り紙。
真新しい黄色の張り紙。
【ふたば山公園 実装石一斉駆除のお知らせ】
さっきまで暖かかった風が、急に生ぬるい、むっとするものになってしまったかのように、俺は感じた。
『実装は人間と共存なんかできねーんだよ』
いつかのあきゆきの言葉が俺の脳裏でなぜか鮮明にリピートされていた。
続く
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