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ジッソーのタイショー1





迷子になった子供がいた。
まだ3歳程度の少年。
その日、その少年は親が目を離した隙に庭先からいなくなった。



田舎には都会では思いも寄らない事故が待ち構えている。
家の周りから姿を消したその子を、両親はじめ祖父母、近所の大人達が総出で探した。
崩れた柔らかい土の土手、小さな手形、そして用水路。
そこに残されたキャラクター物の帽子を発見するに至って、両親は本気で絶望したという。



日が暮れかかる寸前、皆が一度その子の家に集まって情報交換をしているとき、

「「「デッチ デッチ デッチ」」」

どこからともなく声がする。
耳障りな声にいらついた近所のおじさんが引き戸を開けると
そこには十数匹の実装石に持ち上げられた少年がいた。
泥まみれになって疲れて眠ってしまっている少年を敷石にそっと降ろすと、
やっぱり泥まみれの実装石達は「デッチ デッチ」言いながら入って来た通用口から出て行った。
子供は若干水を飲んでいたが、比較的早い段階で引き上げられたのか、大事には至らなかった。




母が俺が子供の頃の話をしてくれるときは、大体いつもこの話を聞かされた。




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                      ジッソーのタイショー 1



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小さい頃から実装石によく懐かれた。
俺が一人で遊びに出ると、大体実装石達が寄ってきて一緒に遊ぶことになる。
そして人間の友達と遊ぶときは、無理に実装石がでしゃばる様なこともなく、
人間関係に変な軋轢が出ることも無かった。

実装石に見守られている、という感覚が近かったかもしれない。

中学になって俺が畑の手伝いを任せられると、いつの間にか成体実装が俺の横に並んで、
一緒にニンジンを抜いていた。

報酬として収穫物のうちから形の悪い、商品にならないものを選んで持たせると、
実装達は何度もお辞儀をして巣に戻っていった。

仔実装は棒を持って田んぼの雀を追い払った。
冷ましたおにぎりを持って田んぼに行くと、どこにこれだけ、というくらいの仔実装が集まって、
お行儀よくご褒美を受け取っていた。

仔実装たちの歌や踊りを楽しみ、一通り褒めてやると、うれしそうにお辞儀をした。


それが普通だと思っていた。


少なくとも大学に入り、さらに一人暮らしをするようになるまで、
俺は実装石をそういう生き物だと思っていた。


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講義の間の休み時間、流れてくる声をそれとなく聞く。

「昨日の夜さぁ、隣の公園の実装石がうるせーのよ。まるで課題なんて出来なかったね」

へぇ、と思った。俺の記憶の中の実装石はそんなにけたたましく吼える生き物じゃない。
下宿先でも実装石の鳴き声が耳障りになったこともない。

「お前はいつだって課題しねえだろがw」
「つうか今日の課題やってねえだろ」
「げ、今日までのあったっけ」
「話になんねーw」

お調子者グループの会話を盗み聞きした俺は、はじめて実装石そのものについて意識し始めた。


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最近の携帯は便利だ。DLしないでもリンガルアプリが搭載されていた。
念入りに使い方を学び、近所の公園に行く。

【ふたば山公園】
低木が多く敷地も広い、野良実装石が多く住まう公園のひとつだ。

公園内に入ると、少し離れた場所の親仔実装がそろってこっちにお辞儀してきた。
いままでこれも普通の反応だった…世間では違うのだろうか。

人気の無いベンチに腰掛け、こっちを窺う実装石に呼びかける。

「おい、そこの実装石、聞こえるか?」

何気ない問いかけに、予想外の返事が返る。

『デデッス!? 大将がおよびデス!?』
「た、大将!?」

なぜ実装石に大将と呼ばれるのだろうか。
驚く俺の周りに、呼びかけた実装石と、そのほかにも4匹ほどの実装石が集まる。

『何の御用デス? 大将、ワタシ達が手伝えることがあるデス?』
「ちょっと待て、その大将ってのはなんだ。わけわからん」
『デ 大将は大将デス』
「いやいやいや、なんで俺が大将なのか教えてくれ」

俺の疑問に実装達は集まってデスデス話しはじめた。
あれだ。【審議中】ってアスキーアートみたいな感じだ。
ぽつんと取り残される俺…どうしたものか。

結局10分近くそれは続いた。

『デス、難しいことはわかんないからボス呼んでくるデス、大将』
「そんなこと決めるのにどんだけかかってるんだよ…」

さらに10分待たされた。

     *      *      *

さっきの5匹に加え、さらに側近らしき2匹を左右に携え、
妙に威厳のある動きで…普通の実装石がやってきた。
そして、少々貫禄に欠ける声…リンガル越しなのでそもそも伝わらないが…で喋り始める。

『大将、ワタシに御用があるとかきいたデス』
「いや、俺が呼んだんじゃ無くてな…まーいいや、教えてくれ
 俺はなんでお前らに大将って呼ばれているんだ?」
『デス 大将はワタシタチの大将デス』
「なんで俺が実装石の大将なんだよ」
『デス? 大将は実装石の大将デス』

埒が明かないが、念入りに話を聞くとこういうことらしい。


     *      *      *


俺には実装石の血が流れている。
人間になれる実装石はとても高貴な存在らしい。
だから俺は野良の実装石にとって大将である。

おわり


     *      *      *


空白。

脳内の情報を処理し組み上げ、一度全力でぶっ壊してからもう一度組み上げる。
結果は同じである。

「ちょっと待てぃ」
『なんデス?』
「俺のどこが実装石だ!」
『でも大将からは強いナカマの匂いを感じるデス。
 きっと大将のママあたりがワタシのナカマデス』
「かあちゃんがぁ?」

自慢にもならないが、「人間である」ことを今までの人生で否定されたことはない。
突拍子もないことを言われ、目がくらくらしてきた。

「なにアホ言ってやがる…」
『デス…』

一刀の元に切り伏せなかったのが不思議なくらいだ。
なんとも言い難い顔でこちらを見ているボスらしき実装に軽くデコピンをくれると、
ふらふらと家路に着いた。


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結局その日は何をして過ごしたか覚えていない。
夕飯を取ったのか、課題に手をつけたのかも覚えていない。
やっと冷静になって考え始めたのは、布団に潜ってからだった。



いつも自分が子供のころの話をしてくれた母。



俺が高校のとき、他界してしまった母。



母は優しい人だった。



利休鼠の和服を着こなして、とても凛としていた。



いつも穏やかで、口調もやさしくて、
実の息子の俺にも丁寧な言葉で話してくれた。



赤と緑の優しい視線で、「です」「です」と…





……


「実装石じゃん!」



俺が意識せず発したデギャーーという悲鳴は
夜闇に吸い込まれ消えていった。



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母の姿を冷静に考えると、日本人にしては見事な茶髪だった気がする。
ハイカラな母親だなあ、と子供のころはあまり気にも留めなかった

大学の図書館で照合する。

「実装 人間 変化」に関する図書 該当5冊

全てを机の上に積み上げ、読み漁る。
不思議生物実装石。その生態は極めてデタラメ。
あらゆる生物と仔を為し繁殖し、様々な特徴を持った亜種を産み出す。
獣装石、水棲石、山実装、黒髪、突然変異実蒼石。
その中でも特に異彩を放っていたのが人化実装だった。

愛情を以って実装石に接すると、極めて稀であるが強く「人間になりたい」と思う個体が出るという。
そのためには実装石個体に「自己否定」の精神が根付く必要があり、
さらに「他愛」の感性に目覚める必要があるらしい。
人間ですらなかなか得がたい2つの人徳に目覚めるという奇跡をこなした個体に、十分な栄養が与えられると
通常成体実装では起こらないという繭の形成が発生するのだという。

そして、さらに「人間の姿を正しく想像できた」個体が、人間と殆ど変わらない固体、人化実装として
体を作り変えられ、この世に戻ってくるというのだ。
今の世の中で実装人と呼ばれるものも大体これだという。
そもそもの例が古典による伝聞だらけで、ほとんど都市伝説、という伝聞形式で文献には紹介されていた。

なるほど、例自体が少ない上に、そこまで深く人間と結びついた個体なら
あえて連れがそいつを晒し者にしようとはしないのだろうな、と頭の中の僅かに冷静な部分が分析した。


ごん


脳内会議で結論が出たのと同時に、机に突っ伏した。
母はもとより、父も最早故人である。
そもそも街に越してきた理由が父母の他界なのだ。
今となっては誰にも事実を確かめることはできないし、
確かめたところでろくでもない答えが戻ってくるだろう。

そう、抵抗する理性を抑え込んで、本能がこの信じがたい事実を認めてしまっていた。


     *      *      *


書架から出した本もまともに片付けず、足の進むままキャンパスの中庭ベンチに腰掛ける。

「なんてこった…」

父には感謝している。
不幸な事故で他界してしまったが、最低限の学費を賄う貯蓄は残してくれた父。
しかしそんな父が…

「まさかジックス派だったとは…」

少し違う気もするがおおよそ間違ってない、と思う。
一人でどこまでも落ち込みたい気持ちだったが、無粋な声が感傷の邪魔をする。

「元気出すデス」
「うるせー…お前らに俺の気持ちがわかるか…」

当の実装石に慰められちゃ世も末だ。


・・・?


「ちょっとまてこら」
「デ?」
「なんで俺、お前らの言葉がわかるんだ?」
「大将、何をいってるデス?」
「いや、答えるな、むしろ喋るな。一体どうなってやがる!?」
「デー?」

リンガルは起動していない。
心臓がバクバク言う。口の中が乾く。
そして、冷や汗で冷めた体の中で、丁度横隔膜のあたり、そこだけが異常な熱を持っていた。
服の隙間から覗き込む。
薄く漏れる翠色の光。

「やっぱり大将はワタシタチの大将デス」

妙に満足そうな実装石の声を聞きながら、俺は今度こそ完全に気絶した。


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信じがたいことだが、「自覚」したことで俺の中の実装石の血…
つまりは偽石の力が活性化した、ということらしい。


あれから完全に実装石の話し声がわかるようになってしまった。


「デププ…きょうはウマウマの日デス…」

生ゴミの集積の日には朝からこんな声が聞こえてくる。

「あのニンゲンはダメデス 春画しか買って行かなかったデス いろんな意味でダメダメデス」

コンビニの横で親実装が託児の作戦を練っている。

「テチャァァァ 蛆チャンを返すテチィィィ!!」

塀の上の猫を見上げて仔実装が泣いている。
世界がなんとも騒がしいものになってしまった。

「なぁ、どうしたらいいよ?」
「どうしたといわれてもデス…」

そして愚痴り相手が実装石な俺も十分終わっている気がする。

俺は「ふたば山公園」のベンチに腰掛け、ボス実装石と話をしていた。
周囲には側近2匹と例のはじめの5匹もおり、ちょっとした愛護派のような風景になっている。
忌々しげに金平糖を一掴み周囲にばら蒔く。
実装石の仲間と周囲に思われるくらいなら、まだ愛護派と思われたほうがマシだ。
7匹が大騒ぎして金平糖を追うのを舌打ちしながら見つめ、
なにか言いたげだったボスにも一つまみ金平糖をくれてやる。

「別に困ったことはないデス?」
「そりゃないけどさ…」

金平糖をゴシャゴシャ噛み砕きながらボスが言う。
確かに不便に感じることはないのである。

「それに、きっと他にもいいことがあるデス」
「いいことって?」
「ワタシタチは体が弱いデス 代わりに痛い痛いがとても早く治るデス」
「ああ、そういやそうだな」
「きっと大将もすぐに痛い痛いが治るデス」
「ほんとかよ…」

たしかにありがたいことなのだろう。
だが、日常でそんな能力が必要なシーン、そうそうない。

「あと、他にいいことは…デス」
「いいことは?」
「ウンチをおいしく食べられるようになブベェ!」
「そんな能力御免被るわボケェ!」

思わず振るったマジパンチにボッコリへこむボス実装。
潰れたミツクチに金平糖を流し込むと5分たたず再生してきた。
…確かにこの回復力は便利かもしれない。

「とりあえず今はみんなの話を聞いてみればいいんじゃないデス?」
「そうすると?」
「意外と大将の役に立つ情報が手に入るかもしれんデス」
「…期待しないで試してみるか」

ベンチを立って残った金平糖を周囲にぶちまけると、今までボス…そして俺に遠慮していたと思われる
野良実装たちが一斉に茂みから現れた。

「「「デェェこれはワタシのテェェンママァオマエタチいい加減にズルっこデスやめいただきワタシのあんよデギャー」」」

うっかり作ってしまった阿鼻叫喚地獄に背を向けて、その日は公園から退散した。



続く


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