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双葉市OL殺人事件(前編)
通報があったのは6月4日の午後4時52分。
出勤しようとしたキャバクラ勤務の女性が第一発見者だった。
通報を受け、現場に警官が駆けつけたのが午後5時丁度。
被害者は双葉市在住のOL、白帆寛子(しらほひろこ)と断定された。
寛子はマンション5階の自分の部屋で死んでいた。
縛られ、猿轡をかまされて玄関近く…3mほど離れた廊下に転がされた状態で、
太ももにボウガンの矢が刺さった状態で見つかった。
鑑識によれば、この矢に塗られた即効性の毒が寛子の命を奪ったとのこと。
遺体の近くにはボウガンが置き去りにされ、部屋が荒らされた形跡もあった。
玄関の鍵にこじ開けられた形跡や傷跡はなかった。
そして、玄関近くには虐待の跡が残る仔実装が取り残されていた。
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双葉市OL殺人事件(前編)
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「…なるほどなぁ」
捜査を任された桜田刑事は状況を聞くと、素早く情報を組み立てた。
宅配便でも装って、寛子に扉を開かせ、そのまま寛子を拘束。
部屋を荒らした後、目撃者を殺して逃走する…
どこにでもある押し込み強盗のパターンだ。
すでに捜査本部から周囲の不審人物の聞き込みに大人数が割かれている。
もうひとつ可能性が高いのは、顔見知りの犯行である。
被害者にドアを開かせるのならば、こちらのほうが効率がよい。
もちろん桜田の指揮の元、被害者の交友関係に関してもすでに調査が始まっている。
しかし
「第一発見者が死体を見つけたとき、玄関のドアは開けっ放しになっていたんだな?」
「はい。今時珍しい内開き構造のドアです。そして玄関を入ってすぐに遺体がありました」
「解せないなぁ」
死体を隠すのは殺人犯の常だ。
それをわざと見つかるようにしてその場に残したのはなぜだろうか。
ゆきずりの犯行にせよ、顔見知りの犯行にせよ、死体を発見させるメリットはないだろう。
事実、第一発見者は開け放しのドアを覗き込み、被害者を発見し、応急処置を試みようとしているのだ。
(やはり、衝動的で無計画な犯行なのか…?)
現状では何を考えても推測の域を出ない。
何らかの新情報が欲しいところだ…と桜田がこぼしたところに、声をかける男がいた。
「よう、桜田。煮詰まってやがるな」
「…お前か、としあき」
としあきは双葉市警察署に勤める刑事の一人だった。
本名はもちろんあるのだが、誰が呼び始めたのか、
いつの間にか「としあき」というあだ名のほうが通ってしまっている。
「なんでお前がここに来ているんだ?」
「いやあ、現場に実装がいたと聞いてね、ちょっと様子を見に」
「またお前の悪い癖か…」
としあきは実装絡みの事件のエキスパートだ。
もっとも、実装石が事件を起こすことは滅多にないので、実装石に関して意見を求められる時意外は、
うだつの上がらないどこにでもいる男になってしまっているのだが。
そしてあまり重任を与えられないこの男は、こうして実装の気配があると他所の現場に顔を出すのである。
「で、どんな実装だった? 見せてくれない?」
「…現場に行くか」
丁度自らも現場に向かおうと思っていた桜田。
としあきを連れてマンションへと向かう。
現場となったローズハイツは二棟建てのマンションだった。
各々5階までありエレベーター完備。
各階4部屋ずつあり、同フロアの住民は1人…第一発見者のみが隣の部屋に入居している。
被害者の部屋は南棟の一番エレベーターに近いところにあった。
エレベーターに乗ったとたん、としあきは不愉快そうに眉をしかめた。
「よくないなぁ」
「!? どうした? 何があった!? としあき」
「ここを見てくれ」
としあきが指差した低い壁には入り口横のものと違う操作ボタンがついている。
「実装石でも使える位置にボタンがある。託児されたら部屋まで押しかけられるぞ」
「…この、実装馬鹿が」
連れてきたのは失敗だったか、と軽く後悔する桜田。
しかし、そうこうする間もなく現場の5階にエレベーターは着いてしまった。
「さて、実装ちゃんと対面といきますか」
「何しにきたんだ…ほんとうにお前は」
* * *
実装石などそもそも本格的に眼中にない桜田。
およそ過激な飼い方をしたペットの成れの果てだろう…と決め付けていた。
一人暮らしのOLが実装石にうっぷんをぶつけることは良くあること。
どうせ今回もそんなところだろう…と現場検証に集中した。
現場はほとんど報告どおりのものだった。
荒らされた部屋。持ち去られた現金とカード類。
リビングから玄関に伸びる廊下部分に被害者の遺体。
ボウガンのあった場所には代わりに認識用の札が立っている。
現場に真っ先に到達した捜査官によれば、その時はまだ被害者に体温は残っており、
司法解剖の結果待ちにはなるが、死亡推定時刻は午後4時半より早いということはないとのこと。
「この時間の目撃証言か…かなり絞れるかな」
桜田がひとりごちるのにとしあきがかぶせる。
「おーい、ちょっとこっち見てくれ」
「なんなんだ一体…」
ひと段落ついたのを見計らって声をかけたのだろうか。としあきの手には仔実装が握られている。
「…ひどいな」
桜田が仔実装を見て抱いた感想はまずそれだった。
両目が抉り取られて焼き潰されている。
総排泄孔も焼き潰され、出口のなくなった糞で仔実装の下腹部は丸く膨れ上がっていた。
四肢は針で突かれ続けたのだろうか。傷と内出血で赤黒くまだらになり、
折れた骨とあいまって腐りかけてブニョブニョになっている。
おまけに口は糸で縫われて塞がっているようだった。
それでいてかろうじて生きているのが、ことさらに仔実装の姿を悲惨なものにしていた。
「結構なお手前だと思うんだが、ちょっと納得がいかなくてね」
「どういうことだ?」
「この仔実装は『何だ?』」
「は?」
「まず、この部屋の持ち主のペットではない…飼育に必要な道具が一切見当たらない」
「ふむ…」
その通りである。桜田は部屋の様子を思い出した。
水槽やケージはおろか、餌を与えるべき皿も、フードの缶や袋もない。
なによりも実装を飼えば当然染み付く実装臭というものがない。
「では、招かれざる招待客に仕置きをしたのか? あるいはどこかから虐待用に連れてきたのか? 違う」
「なるほど、それ用の道具もないか」
「その通り」
としあきがにやりと笑う。
「この傷跡は比較的新しいものだ…しかし、それを可能にする爪楊枝や鉄串も見当たらない」
「ならばどういうことだ?」
「第三者がこの仔実装をここに持ち込んだとしか思えない」
「! 犯人の手がかりだと?」
「そう、そして」
口を縛っていた糸をとしあきは解く。
「口の中にはこれだ」
詰められていたのは脱脂綿。しかし…
「この色と粘りは…」
「蜂蜜が含めてあるようだな」
「正解。甘いものは実装石の生命力を活性化させる…まるでこいつを死なせたくなかったかのようじゃないか」
「犯人の意思が見えないな…」
「犯人は仔実装を傷つけ、生かしておくことでなにかをしようとした…ということだ」
「ますます訳がわからない」
黙り込む2人。そしてその静寂を破る悲鳴。
「ひろこぉぉぉぉぉっ!!」
「? 今の声は?」
「ふむ」
仕切りテープの向こうを見れば、捜査官に抑えられている男の姿がひとつ。
「ひろこぉぉ なんでだよ なんでなんだよ!」
「失礼、おちついて。あなたは?」
「…俺は、塩津あきゆき 寛子は…俺の彼女なんだよ」
(関係者か…)
「…この度はとんだことになりまして」
「ちくしょう…誰なんだよ…誰がこんなことを!」
激昂するあきゆきをなだめに回る桜田。
依然落ち着きを取り戻さないあきゆき。
それを傍らで見つめる、としあき。
捜査が進展するには暫しの時間が必要なようだった。
* * *
「…すいません、刑事さん」
「いや、取り乱すのも無理はない…落ち着いたら、少し話を聞かせてもらいたいのだが」
「…はい」
玄関先の騒ぎが収まったとたん、ひょっこり二人の間に割り込んだのはとしあき。
「いや、あきゆきさんでしたっけ、ちょっといいですか?」
「なんです?」
「なんだ? としあき」
「あなた、ペットとか飼っていますか?」
「いや…」
「じゃあ…
コレ見てどう思います?」
「!? … なんですかこれは」
「いえ、わからないならいいですよ」
としあきがあきゆきに見せたもの、それはさっきの仔実装である。
「なんのつもりだ、としあき」
「もちろん捜査の一環だよ、桜田。後は任せた」
としあきは鑑識に仔実装を放り投げると、そのまま現場を後にした。
* * *
「あきゆき…ねぇ」
エレベーターを降りるとしあきの口元には、何かを確信する笑みがあった。
「すると…そういうことか」
としあきは夜の公園に消えていった。
* * *
一時間後。
署にもどったとしあきは桜田の元を訪れた。
書類と証言の山と格闘していた桜田だったが、としあきの姿を認めると、
肩を軽くほぐしながら椅子から立ち上がった。
「あれからどうした? 何か掴めたのか?」
「まあ、予想通りといえば予想どおりかな。押さえるべきものは押さえられた」
「ほう」
「鑑識の結果次第ではひとつ外堀を埋められる…これは?」
「ああ、周囲の聞き込み結果だ。そういえばお前が気にしそうなものがひとつあったな」
「なんだ?」
「仔実装の死骸だよ。紐で二匹くくられて庭先に投げ込まれていたそうだ」
「どこの?」
「現場の向かい…ローズハイツの北棟の一階だな」
「その死骸は?」
「庭先に埋めたらしい…やっぱり気になるか?」
「そうだな…今はまあいい。ところで今見ていたのは?」
「一通りの調書だ。見るか?」
「ああ、頼むよ」
桜田が差し出した調書は、あきゆきのものだった。
主に白帆寛子殺害時刻周辺のアリバイなどが書かれている。
「死亡推定時刻の前後2時間はアリバイあり、ね」
「複数の証言がある。街頭カメラの記録にも残っている…アリバイはばっちりだ」
「ふぅん…む、事件当日にガイシャの家に?」
「ああ、昼過ぎに一度会いに行ったらしい…それっきり、ということだそうだ」
「大胆な男だな…よっぽど仕掛けに自信があるのか」
ぶつぶつつぶやくとしあきの顔を横目で見る桜田。
「…どういうことだ?」
「こいつが犯人だよ。まず間違いない」
「!」
「あとは、時間をおいてガイシャを殺した手口だけだな…」
「…ちょっとまて、なぜそう思う?」
軽くあえぎながら、桜田がかろうじて声を絞り出す。
「なぜって…ああ、なんで犯人だって決め付けたかって?」
「そうだ」
「仔実装を見せた時のリアクションを見たか?」
「え?」
「始めは驚いて、やがて無関心を装った…まるで自分はこの仔実装を全然知らない、という風にな」
「それが?」
「そこがひっかかる。普通なら、お前がしたように、始め驚いた後は、
仔実装の様子に眉をひそめるか、目をそらすかするのが普通だ。
挙句、自分の知り合いの死体を見たばっかりだ。
傷…特に刺し傷にはナーバスになってもおかしくはないと思うがね」
たしかにあきゆきの反応は、直前の取り乱しぶりからすると、不自然に落ち着いていた気がする。
「…なるほど」
「つまり、無関心を装ったがゆえに、あの仔実装を置いたのは自分だと認めたようなもんだ」
「犯人である可能性が極めて高い、と」
「もっとも、まだ確実な証拠がない…」
「こっちも証拠はないが…不自然に思うことがある」
「不自然?」
「ああ、凶器のボウガンだ。なぜ犯人は足を狙った? 心臓を狙ったほうが確実なのに」
「むう、実装相手ならば虐待のためにわざと致命傷を避けることがあるが」
「怨恨でじっくり殺すなら毒を使うのもおかしい。それも即効性の毒をな」
「なるほど、そっちは完全に俺の専門外だが…そこいらに突破口がありそうだな」
「不自然はそのままにしたくないからな、現場周辺をもう一度洗ってみる…お前は?」
「俺は裏付けにちょいと聞き込みしたいところがある。
任せろ、実装がらみの事件なら今晩中に必ずカタをつけてやる」
続く
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