実装石を作ろう
実装石虐待にはまり続けた結果、いわば実装中毒になってしまった自分がいる。
しかし、残念なことにこの世界には実装石はいない。
わかっている。そこで実装石以外に手を出したら虐待紳士ではない。
しょうがないので実装石の代用品を作ることに決めた。
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実装石を作ろう
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まずはあの脆い手足を再現してみようと思う。
よく低反発ウレタンと例えられる実装石の体だが、
論理的に醜い肉塊を支える以上、それなりの強度が必要であろう。
圧力をかけたときのプキュプキュ感を出すためにも、ビート板を細長く切り出し骨にする。
硬くはあり脆くもあり、折れたら絶望的な骨が完成する。
その骨に団子よろしくマシュマロを刺してゆく。なるたけ隙間なくぎっしりとはめ込む。
結果として、指で押すとなかなか戻らない肉の感触。
握りつぶそうとすると微妙に感じる骨の手ごたえ。
パキャッといったときの「やっちまった」感…なかなかの再現度だと思う。
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次は胴体を作る。
糞を食い糞を吐き出す糞バルブとしか呼べない実装石の体だが、
生意気にもアバラに近い機構を持っている。
足で胴体を踏み潰すとメキメキというイメージだ。
背骨は手足と同じでかまわないだろうが、あの脆くもいい音を立てる肋骨も同じでは少々物足りない。
カイワレの入っている薄いポリケースを用意し、その周りに発泡スチロールの皿を二つに切り取って貼り付ける。
圧力にクシャ、メキッといく感じは出たかと思うが、まだ弾力…あの一線を越えた時のつぶれ感が出ない。
それなりの圧力をかもし出すために、小さめの水風船を3つほど詰め込んでみた。
ためしに両手で潰していくと、クシャ、パキッと音を立てるプラケースの中で、ゴロゴロと湿った塊が逃げ回る感触。
そして圧の限界でバチュン、バチュンと潰れる感触がなんとも生々しい。
潰れてひしゃげたプラケースの角が風船を割るのに一役買っているのも面白い。
ただし、潰れた時の液体の感触に不満があったので、水風船の中身はローションに変えることにする。
緑に染色すれば流血や脱糞も再現できそうな感じだ。
仕上げに周りをセロテープで巻き、薄いスポンジの帯を巻きつける。
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頭部の感触も重要だ。
アイアンクローをかけてメキメキとひしゃげる頭蓋のあの手ごたえ。
実装の体内で最も硬いといわれているのが頭部である。
おおぶりのガチョウの卵を用意してみれば、硬さも大きさもなかなかのものだ。
しかし惜しいかな、そのままでは中身が簡単に流れ出てしまう。
安くない試行錯誤の後に、俺は半熟まで卵を茹でる方法を思いついた。
やってみればプリンのように潰れる白身がなんとも不吉な手ごたえを与えてくれる。
その前面に目玉となる物体をはめ込む。
弾力があり、それなりの強度を持ち、きちんと潰れるもの。
爬虫類の卵があればよいのだろうが、流石に入手は困難だ。
第一そこまでやったら本当の動物虐待になりかねん。
ピンポン球がいい線いっているところだが、やはりぬるっとした生物的な感触は欲しい。
町をぶらぶらしていたら、意外なところでその感触に遭遇した。
小さな風船で包まれた玉羊羹である。
ぐにぐにとしているが、針でさすとちゅるんと剥けるあの手触り。
赤と緑を買い求め、卵の前に並べて設置した。
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ここまでのパーツを組み上げてみれば、全長30cmを越える程度の素体になった。
目の前のロボットの骨組みのようなものをしげしげと眺める。
まだだ、まだ全然足りない。
実装が生理的嫌悪を催す要因の中に、妙に生物感溢れる皮膚と生臭さがある。
頭を掴んでも、汚れた皮脂でぬるっといくこともざらだ。
是非とも皮膚の素材にはこだわりたい。
あの感触は無機物ではちょっと再現できないだろう。
ぬるぬるで生臭い皮膚といえば、ずばり鶏の皮が思いつく。
ためしに鶏の皮で包んだ卵を握ってみれば、まさしく頭蓋を掌握される小さな生き物のそれだった。
ぬるっと滑る皮下脂肪が慢性メタボな実装の肉体をますます再現してくれる。
ぶつぶつした鳥肌が若干アレだが、そこまで気にはならない。
なによりも、一気に生物めいてきた試作実装の存在感がその疑問を吹き飛ばしてくれる。
テディベアを作る要領で鶏皮を縫い合わせ、素体を包むのは一日作業になった。
作業始めの時よりも嫌なにおいを発し始めた鶏皮が、悪い意味でリアルである。
目の部分は小さめに穴を開け、内側から玉羊羹を押し出した。
内部が粉砕されれば圧力で押し出されるだろう。
* * *
口の造形を適当にこなし、せっかくなので髪の毛も再現することにした。
愛玩される飼い実装ならつややかな亜麻色の髪なのだろうが、このニセモノは虐待のための実装石だ。
適当な屑糸を集め、頭部に固定する。
だが、この固定が難関だった。
もちろん外れるのが前提だ。しっかり固定しては意味がない。
しかし、抜くにしても抵抗がないのでは楽しめない。
接着剤では根っこからぷつんと行ってしまう。欲しいのは湿っぽいズルリ感だ。
鶏皮に穴を空け、その内部に粘着性の高いゲルを仕込んでみたものの、ズルリはできても抵抗を再現できない。
セロテープでは抵抗はできるもののなかなかきれいに抜けないのだ。
混ぜないアロンアルファやマスキングテープなどいろいろ試してみたが、どれもピンとこない。
結果として家中のセロテープ関連を使い切ってしまったので、本来必要なメモの貼り付けができず、
結果ガムテープを使うことになるという実害も出たのであるが…
試しに使ってみたこのガムテープが正解であった。
ガムテープで屑糸を固定する際に、糸にあわせてテープに切れ込みを入れる。
そして、生える方向と逆にテープを固定し、折り返した髪を外に出すのだ。
髪を引っ張れば、ガムテープは縦に避け、独特の引き裂く感触が味わえる。
最後にぷつんと弾ける様は、まさに髪が抜ける感触そのものと言える。
一生に一度しか髪を生やさない毛根の悲鳴が、布テープの裂ける手ごたえで代用されたわけだ。
* * *
ここまできたら、服も作っておこう。
構造は大丈夫だが、素材選びが難しい。
比較的頑丈で、人間が本気を出せば簡単に破けるそれである。
同属同士の争いでも破損するレベルの強度。
おそらくは紙と素材を決めたものの、条件が厳しい。
水に濡れても簡単に敗れず、あくまで柔らかさをもった紙。
紙布と呼ばれるものが見つかったが、入手はなかなか困難そうだった。
第一十分な強度があっては意味がない。
紙に限らず、簡単にちぎれるもの…と考えて、綿が脳裏にひらめいた。
フェルトを作る要領で、染めた綿を蒸気を加えながらプレスする。
もっとも使う量は僅かで、かろうじて布の形を保ってはいるものの、
どの方向に引っ張っても脆く破けてしまう。
理想の素材といえそうだった。
* * *
トウモロコシのヒゲを糸に使い、実装服を縫い上げる。
これを冷蔵庫に保管しておいた実装素体に着せて…
おお…
なんという実装石感。
ためしに軽く手足を曲げ、腹部を殴り、頭部を握ってみた。
これだ…
きた…
きたキたキタ!
「ヒャッハーーーーーーァァァ!!!!!」
心の奥底から湧き上がるパトス!
溜めに溜め込んだ絶叫をほとばしらせた俺は、
まさに一匹の獣と化して目の前の「実装石」に襲いかかろうとした。
その刹那。
「ボクゥッ!」
しゅぱん
一閃されたのはハサミ。
振るったのは俺の飼い 実 蒼 石。
呆然とする俺の目の前で2つに崩れる「実装石」と
まるで俺を守るように立ちはだかる
実 蒼 石。
「なんで実装石がいるボクゥッ!
マスターは無事ボク?」
そう。
この世界に実装石はいない。
だが、い な か っ た わけではない。
進化した虐待が、ローゼン社の悪魔のような技術力が、
そして愛護の果てに増えに増えた他実装と呼ばれる固体たちが、
この世から実装石を完膚なきまでに追放したのだった。
残されたのは他実装と呼ばれる個体たちばかり。
どれほど愛護派や虐待派が望んでも、手元に届くのは他実装のみ。
しかし、実装石虐待派にとって他実装虐待は最大のタブーである。
実装石虐待派と呼ばれた人間達の多くは虐待趣味から足を洗ったものだった。
代わりに俺みたいに他実装を普通に飼うことで心の無聊を慰めている者も少なくはない。
が。
「そこの青いの、ちょいと座れや、な?」
「ボクゥ?」
週末の貴重な2日間をかけた作品を一瞬で破壊されたとしたら。
「オシオキの時間です」
「ボクゥゥゥゥゥ!?」
まあ、ちょっとばかりキツめの「躾」をしても文句は言われまい?
悲鳴を上げる実蒼石の姿を眺めながら、
他実装虐待に転向しようかなーなどとぼんやりと考えた日曜日の夕方。
完