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ネメシスの願い




「デグッ…デヒッ…デェェ…デェェェェン デェェェェン」

茂みの気配にバールのよう(ryを持ったとしあきが近寄れば、髪は残れど裸の親実装の姿。
地面にへたり込んで、堪えていた涙をとうとう決壊させた様子の親の周りには
大小色とりどりの染みが広がっていた。

せっかく茂みに近寄ったとしあきにとっては、非常に萎える展開である。

虐待派にとってもっともつまらないものは「虐待済みの実装石」である。
すでに拠り所とするものは奪われ、世を儚み、いっそ死を望む者を追い詰めてどれだけの意味があろう。
虐殺嗜好の者であれば、それもひとつの楽しみなのであろうが、としあきはいわゆる普通の虐待派であった。

「外れか…」

きびすを返すとしあき。そのとしあきに声をかける者がいる。

「待つデスゥ」

さっきまでへたり込んでいた親だった。



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                  ネメシスの願い


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「つまりお前は敵討ちがしたいと」
「そうデスゥ!」

裸の親の言い分を聞いてみると簡単なことだった。
つまりは自分から仔と服を奪った虐待派に仕返しがしたい。
その手伝いをして欲しい、というわけである。
しかし

「手伝わんぞ」
「デデッ!? なんでデス!」
「だって俺にメリットがないし」

常識的に考えて、なにが悲しくて実装石のお手伝いなんかしなくてはいけないのか。
ローリスクとはいえノーリターンでは、としあきにとって考える余地もない。
第一としあきの目の前にいる親実装は髪以外全てを失った出がらし石である。ろくに取り立てるものも何もないのだ。
仮にも虐待派が話を聞いてやっただけでも大サービスであろう。

「じゃあな。せいぜい無力さをかみ締めて死んでくれ」
「…デ デスーッ!」
「なんだよ」
「…ワ ワタシを自由にしていいデスッ!」
「はぁ?」

としあきが聞き返すのも無理はない。なにせしようと思えば2秒で土くれに返せる実装石の言い分だ。
取引として成立するものではない。しかし続いた言葉にとしあきは反応した。

「ワタシだけじゃないデス これから産まれてくる仔達もニンゲンの自由でいいデス
 どんどん仔を産むデス ニンゲンの好きにするがいいデス」
「お前何をいってるのかわかってるのか? それより俺がどういう人間か気づいてないのか?」
「ニンゲン…ニンゲンさんもきっとギャクタイハデス…」
「ほう 気づいた上で仔までを差し出すと?」

としあきは初めて親実装に興味を持った。
しげしげとその姿を眺める。
さっきまで絶望に打ちひしがれていた目には強い意志の光が輝いている。
なるほど、ちょっとした暇つぶしにはなりそうだととしあきは考える。

「いいだろう。しかし、俺はあくまで手伝うだけだ。基本はお前がやるんだぞ」
「十分デス」


悪魔との交渉は成立したようだった。


         *        *        *


「また来る、とそいつは言ったのか」
「デス」

聞いた話によると、仔を殺し、服を奪った虐待派は、もう一度この場を訪れると念を押して帰ったらしい。
その際に、どうにか一矢報いてやりたいというのが親実装の望みだという。
としあきは考える。

「しかし、実装のやれることなど限られているだろう。どうやって復讐を果たす?」
「それが問題デス…」
「どうしても罠にかける形になるかな…相手が虐待派となると」
「やっぱりナカマのことは良くわかるデス?」
「うるせえ」

積極的に干渉してくる相手には受けの攻撃手段を考えるのが定石である。
そして虐待派が再来するとなれば、多少なりとも持ち直した生活を再度破壊に来たと考えるべきだ。
そこに漬け込むのがよかろう、ととしあきは結論付ける。

「仔を利用した罠になるかな…」
「仔デス?」
「そう。仔。仔をおとり…あるいは武器そのものにして相手の度肝を抜く」

いくら虐待派とはいえ人間だ。
としあきとて人間相手に致命的な罠を仕掛けるつもりはない。
よくて痛い目…それも病院の世話にならない程度の…にあわせれば十分過ぎると判断した。
そこで逆上され、親実装もろとも潰されてもそれはそれで良し。
としあきのライフワークとしての域を逸脱はしないのである。

「それはいいアイデアデス」
「ん? 反対しないのか?」
「なんで反対するデス?」
「いや、その計画だとお前の仔、きっと死ぬぞ」
「かまわんデス」
「なんでだ?」
「ワタシの仔…かわいがるべき仔は死んだデス。もうあとは勝手に出来たウンチと同じデス」
「…」

親実装は妄執に狂っていたのだった。
すでに情けをかけるべき仔はこの世にいない。代用となるべきものも存在しない。
それゆえに仔を産むという行為にすでに感覚が麻痺しているらしい。
としあきは納得する。
件の仔を差し出すという発言はここから来ているのだと。

「ならば…仔になにか仕込むのがいいかもな」
「どんなものデス?」
「そうだな、考えておこう…お前はとりあえず武器となる仔を作ることを考えろ」
「了解デス…でも、デス」
「なんだ?」
「仔を産もうにも家がないんデス」
「むう」

虐待派が通った後なら確かに何も残らないだろう。
こうなれば乗りかかった船である。

「わかった、住処と最低限の食料は用意してやろう。それ以外は知らん」
「ありがたいデス。このフクシュウは必ず成功させてやるデス」

(おかしなことになったもんだ…)

今更ながらにとしあきは嘆息する。
それでも目標を立て、工夫し、なにかをしようとする実装はとても珍しいものだ。

(たまには愛護派の真似事としゃれ込むのも悪くないか)

なんかあったら見捨てるけどなー、と軽くとしあきは考えた。



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としあきの見繕った頑丈なダンボールは、とりあえず一晩親実装の身を守ったようだった。
覗き込めば5匹の蛆を交互にプニる親実装が見上げてくる。

「経過はどうだ?」
「マズマズデスゥ」

どっちの意味にも取れるな、とぼんやりとしあきが考えるが、結局のところどっちでもいいのだ。
早速いろいろ試すことにする。

「まあ、とりあえず一匹よこせ」
「了解デス」
「レフー?」

掴み揚げた蛆の服をめくると、としあきはその腹に軽く斜めに折れ目のついた金属の帯を巻きつけた。

「試作品一号機、まきびし蛆」
「まきびしデス?」
「ためしに踏んでみるといい」
「デス」
「レブォエゲ」

何の躊躇もなく親実装が踏み抜いた蛆の腹で金属リングが折れ目どおりに曲がり、金属製の正四面体が出来た。

「デェェイギャァァァ!?」

ざっくり親実装の足に刺さる金属片。片足から血を流し転がる親実装。
しかしとしあきは不満そうにつぶやいた。

「実装の体重でちょうどいい強度ってことは人間相手じゃ勝負にならんな」
「デギィィィィアアア!!」
「人の話を聞け」
「ゴブゥ」

いつまでも騒ぎ続ける親実装を爪先ひとつで沈静化し、二つ目の仕掛けを取り付ける。

「二号機、地雷蛆」
「…また踏むデス?」
「いけ」
「デゥ」
「レボア」

バチュン

「デェェェスゥゥゥゥエエエエエエ!!」

おもちゃ銃の火薬カートリッジをほぐして作った火薬球である。
ある程度の圧がかかれば破裂する。
さっきとは別の足を火傷した親実装が立つこともできずに転がり続ける。

「三号機、臭み蛆」
「デェェェェェ!!」
「よし、そのまま転がって踏め」
「レゲィ」

プチ モワリ

「デゲロロロロロロ くさいデスゥゥゥゥ!? これ何の匂いデスゥゥゥゥ!?」

丁度腹の下敷きになって潰れた蛆実装の服には、強烈な悪臭を放つ匂い球が仕込んであった。
避けれぬ耐えがたき悪臭のせいで吐瀉物を撒き散らしながら尚転がり続ける親実装。

「四号機、ねばり蛆」
「ゲロロロロロデベエエ」
「レジャァ」

プチ ベトリ

「デ ゲボボボボボ ウ 動けな デ ゲロロロロロロ」

ボダボダボダボダボタボタ

強力な粘着物質を仕込んだ四匹目の蛆は潰されると同時に親実装を地面に縫い付けた。
今まで転がることでかろうじて紛れさせていた臭気が周囲に篭り、
さらにその場で吐き続ける吐瀉物で段々埋もれてゆく。

「おい、散々だな? 大丈夫か?」
「デ・・・ゲ・・・」
「丁度まだ一匹分試作機が残ってるんだ。試してくれ」
「もう・・・無理デ・・・ス・・・」
「そうか…まあ、頑張ったよ」

としあきは倒れ伏した親実装に手を差し出した。
反射的にその手をとろうとする親実装。
掴んだのは残った一匹の蛆実装だった。

「油断したあなたに試作五号機、痒み蛆」
「レェェェェェ」

ぱふん

たっぷりの痒み成分を含んだ粉袋が破裂する。

「ディィィィ! 目に入ったデゥイゥウゲィィィデスベバアアア!?」
「レッピィィィィィィィ!?」

目を掻き毟りまくる親実装、のた打ち回る5匹目の蛆。
その場から動けないまま全身を掻き毟る親実装の体は赤くかぶれていった。
もとより掻き毟るという行動に適さない実装石の腕。
おまけにその場から動けないとなれば体をどこかにこすり付けるわけにもいかない。

「レッピィ」 パキン

早々に我慢の限度を越えた蛆実装は幸せだったかもしれない。
残像が見える速度で全身を掻き毟っても親の痒みは収まらない。
そんな親子を冷静に観察し、としあきは考察する。

「どれも実装には威力十分なんだけどな…かろうじて人間相手に使えそうなのが臭み蛆かな」
「デブベィエボァァァァ!!?」
「人の話を聞け」
「ゴブゥ」

爪先一閃。
粘着エリアから吹き飛ばされて離れた立ち木の幹にぶつかった親実装は発疹まみれのまま静かになった。

「まったく、こっちが真面目にやってるのになんて落ち着きのない奴だ」
「…」
「よし、明日までに更なる作戦を練ってくるからまた蛆を増やしておくんだぞ」
「…」


意気揚々と引き上げるとしあき。
その背後では、人知れず親実装の発疹が米粒大まで膨れ上がっていた。



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「元気かー?」
「デス…」

次の日。
としあきがダンボールを覗き込めば、昨日より心持ちいびつに歪んだ親実装。
その周りには4匹の蛆がレフレフしていた。
としあきを見上げる目つきが若干恨みがましいものに見えなくもないが、
恨まれる心当たりの全くないとしあきとしては気にかけるほどのことでもない。
スルーして手提げから慎重に小さな装置を取り出した。

「改良型だ」
「カイリョウ…デス?」
「おう、憎い人間に一撃食らわせられるはずだ」
「デェェェ…!」

現金なもので、親実装の顔つきがぱあっと明るくなる。
としあきが持っているのは昨日の臭み蛆の着想を進化させたものだった。
蛆の服ではなく頭巾に匂い球を仕込み、対象に突進させる。
で、対象の鼻先付近で匂い球を破裂させる仕組みだ。

「でも蛆チャンをどうやって飛ばすデス?」
「ここはやっぱりドドンパだろ」
「?」
「いや、わからんならそれで別にかまわんが」

としあきは懐から蛆用に小さく砕かれた菓子片を取り出して親実装に渡す。

「これから発射実験をする」
「何をすればいいデス?」
「わかってきたな。俺が匂い球をセットするから、合図したら蛆にこれを食わせてくれ」
「デス」

装填される蛆弾頭。
手際よく親実装の前にそれを配置すると、としあきは透明傘を展開しその影に隠れた。

「じゃ食わせてやってくれ」
「デーッス」
「レッフィー♪」

シャグシャグとドドンパを食う蛆×4
やがて段々蛆たちの顔色が変わってくる。

「「「「レレレ?」」」」

次の瞬間、糞の本流がその場を支配した。
しかし、糞の出所は…

「デギャァァァァァァ!?」
「お前かよ!?」

こっそりつまみ食いをしていたらしい親実装。

「デギィィィィィィィ!?」

ムンクの叫びのようなポーズのまま、糞の勢いでゆっくりと浮かび上がり、斜めに傾ぎ、
そして優雅な弧を描いて少し先の地面に着弾した。

「「「「レヒィィィ ママー!」」」」

そんな親実装の狂態に思わず駆けつけかける蛆達。
その瞬間。

「レッピィィィィ」 
「ピャァァァァァ」
「レフゥゥゥゥゥン」
「ピィィィィィィ」

ププププププィーーーーーーン×4

ドドンパの勢いで飛び出していく緑の臭み弾頭。
まるで攻撃ヘリから発射されたミサイルのように、緑の跡を虚空に残し、
弾頭は次々に目標地点…向かっていた親実装に着弾する。

「レプン」 ぱちん 「デゲエエ 臭いデスゥゥ!」
「レッピ」 ぱちん 「ブォエエエエ は 鼻に直撃デスゥゥ!?」
「レェェ」 ぱちん 「クサ 臭くてたまら たまらんデ デ デ」
「レヒィ」 ぱちん 「デ デゲロロロロロロロロ」

「うわぁ…」

爆心地は地獄絵図であった。

たちこめる臭気。巻き散らかされた糞。
そして二日連続で吐瀉物に埋もれる親実装。
鼻を押さえながらとしあきは近寄って告げる。

「…なぁ?」
「…なん デ ゲロロロロロロロ」
「今日のは俺悪くないよな?」
「…やっぱり昨日のはわかってやってたデ ゲロロロロ」
「ハハハハハハ」
「ゲロロロロロ」

分かり合えた友だけか共有できる爽やかな空気が流れたとか流れなかったとか。



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「改良しましたっ!」
「出たァァァーーーデスゥゥ!?」

油断していたのか、としあきの登場に悲鳴をあげる親実装。
二回目の実験から若干日数が経っていた。
というのも、

「おーおーおー。育ってる育ってる」
「デス…」

親実装の周りにはこんどは仔実装がテチテチまとわり付いていた。
としあきの今度のオーダーは仔実装を用意すること。
蛆では親実装が装填せねばならず、いざ攻撃をしようと思っても機を逃してしまう可能性が高い。
ならばある程度自律爆弾となりうる仔実装で実践してみようというわけだ。
無論蛆と比べて搭載できる匂い球も段違いだし、ドドンパでの飛距離も期待できるだろう。
それゆえ時間を置いてのとしあきの訪問なわけだが…

「ニンゲンテチ?」
「ニンゲンなんかくれるテチ?」
「くれるテチ よこすテチ」
「ニンゲンさっさとなにかよこすテチ」

「…糞虫だなぁ」
「なんデス?」
「いや、こっちも躊躇しないで済むからありがたい」
「デェ」

暴れる仔実装の頭巾に次々匂い球を仕込むとしあき。
仔実装たちを解放すると、としあきは厳重に封をした包みを親実装に渡した。

「これがドドンパだ…食うなヨ?」
「デェェ…骨身に染みたデスゥ」
「うむ…では、仔実装たちにコレを食わせて、お前の力で発射できるか実験するんだ」
「わかったデス… オマエタチィィィィ!!」

親実装が号令をかける。

…だれも来ない。

「デェェェ…? オマエタチィィィィィ!!」

二度目の号令。
誰やっぱりだれも来ない。

「なんだ・・・?」

不審に思い周囲を探すとしあきと親実装。

つん

「うわくっせ!」
「ゲロッ!?」

漂う臭気。
においの元はいつものダンボールハウス。
鼻をつまんだとしあきが蓋を開ければ、じゃれあった仔実装たちがそのままの姿で絶命していた。
むろん匂い球は衝撃でとっくに破裂済みである。
いずれの仔も苦悶の表情で泡を吐いたまま動かなくなっていた。

ゆっくりと敬礼をするとしあき。

「アホの仔により弾薬尽きたり。この作戦を放棄する」
「…家が…ダメになった…デス」

親実装の小さなつぶやきは作戦本部に無視された。




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「なかなか来ないなぁ」
「デス?」
「件の虐待派とやら」
「デスッ!」

としあきがこの話題を振ると親実装の目に光が戻る。
新居…フォアグラよろしく仔実装の頭を固定できる仕切りの付いたダンボールハウス…で我が仔を世話しながら、
親実装はいろいろとまくし立てた。

いわく、その悪逆な性質であるとか、一度騙して裏切る手口とか。

(あれ…?)

それを聞いてとしあきの脳裏になにか引っかかる。
なにかとははっきりといえないが…今までも釈然とせずに流してきた何か。

(もしかすると)

脳裏に浮かんだ仮定をとしあきは検証する。
数々の不自然な状況が矛盾なく当てはまってゆく。

(コレは…思ったより…)

「デス?」
「いや、なんでもない」

いつの間にか零れていた笑みをとしあきはなんとか取り繕った。



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数日後。
としあきが件の公園に足を踏み入れたときにはそれは始まっていた。

「うわっ、やめろっ、やめろよっ」
「デッスー! 食らうデスーッ!」

気弱そうな眼鏡の青年の向こうから、緑色の軌跡が迫り来る。
着衣を見れば既に何発か被弾しているようで、青年は片手で鼻をつまみながら、
片手では持っていた箱状のものを振り回して逃げ惑っていた。

砲撃の継ぎ目に青年は親実装に近づこうとするものの、
新たな仔実装が発射されるたびに青年は後退を余儀なくされていた。

物陰からとしあきが観察するだけで3セット。
とうとう青年は諦めたのか、公園の敷地から逃げていった。

としあきが追いすがる。
青年に向かって。
としあきにはある確信があったのだ。



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「よう、成功したみたいだな」
「デスッ!」

仔実装たちの発射糞にまみれてはいたが、親実装はとてもいい表情をしていた。
人間の手を借りたとはいえ、念願かなって自らの手で復讐を果たしたのだから無理もない。

「ニンゲンさんのおかげデス。これでもう残りの実生悔いはないデス」
「それは重畳…というわけで、さっそくだがコレを聞いてもらおうか」
「? なんデス?」
「これはな、ある場所での会話を録音したものだ。よく聞いておけよ」



としあきは携帯の再生機能をオンにした。


         *        *        *


大変だったですね…大丈夫ですか?

いや、見られていましたか、お恥ずかしい。

実装石のくせにとんでもないことをしますね連中…でもあなたも早く逃げればよかったのに。

ははは、あの実装石にはちょっと用がありまして。

どんな用事です?

迎えに来たのですよ。

ははあ…するとやっぱりあなたの元飼い実装だったんですね? あれは。

やっぱり?

いえ、こちらの話。続けてください。

そうなんですよ。しばらく前に引っ越すことになりまして、引越し先は実装石が飼えないことになっていたのです。

それで公園に放した?

そうです…でも実家で預かってくれることになり、迎えに来たのですが…嫌われてしまったようですね。

別れる際になにかしました?

うちの子は間引きが下手でね…別れ際に私に噛み付いてきた仔実装を代わりに間引いたのですよ。
野良で生きていくためにはそのほうが良いと思ったのですが…それで恨んでいたのかもしれませんね。

たしかに躾けは下手そう…いえ、他には?

与えていた高級実装服を回収しました。そんなもの身に着けていたら他の野良から付け狙われるでしょう?

ええ、ええ、全くその通り。

結果としてこのざまです…全く、実装と付き合うのも難しい。

あの実装は結局どうするのです?

もう私の手元に戻すのは諦めました…ところで貴方は?

実装に少しばかり造詣のあるものです。ああなってしまったら流石に他の人間にも迷惑がかかりますね。

本当に…処分をするしかないんでしょうね。

私が引き受けましょうか?

貴方が?お願いできるんですか?

ええ、貴方も大変な目に会われたようです。私がお手伝いしましょう。




助かります…やはりここまで痛烈に裏切られて多少は思うところもあったものですから。
彼女…奴をカタにはめていただけるならよろしくお願いします。




         *        *        *


「デ? デ? デ?」

困惑する親実装。

としあきは初遭遇のときのことをもう一度思い出す。
親実装の服は奪われても髪の毛は丸々全て残っていたこと。
仔実装の死骸はあれど親実装の体には傷ひとつ残っていなかったこと。
家がないという割には破壊されたダンボールの形式すら残っていなかったこと。
そのいずれもが虐待派の凶行という可能性を否定していたのである。

つまりこの復讐劇こそが親実装の勘違い。
望むなら新たに新しい仔を産み、躾け、そして飼い実装に戻ることもできたはず。
空回った怒りは幸せに生きる選択肢を自ら摘んでしまったのである。

片手に下げた、青年から貰い受けた箱…エリーと名前を書かれたケージ…をゆっくりと近づけるとしあき。
迎えにきた救いの手は、もはや地獄へと誘う護送列車と化していた。

青ざめてあとずさる親実装。
次第に理解してきたのだろう。
自らを守るべき手を振り払ってしまったこと。
そしてそのために悪魔に引き渡してしまったもの。

身を守るべきミサイルは既に残されてはいない。


「お前の目的は達成された。おめでとう」


そして契約が達成された以上、としあきはもう味方ではない。
味方どころか…


「処分は俺に任せるだとさ…普通に飼ってやっても良かったんだが、これも約束だからしょうがないなぁ」
「デェ」


元飼い主の権利放棄の後ろ盾がある以上、この実装石を守るべきものは何も存在しないのだ。




         *        *        *



としあきは満足していた。
意思により立ち上がり、苦労を重ね、そして本懐達成した実装石。
まさに上げに上がった最高の状態。

その本懐が揺れている。

畳み込むようにとしあきは実装石におこぞかに告げる。

「お前がやったことは全くの逆効果だったわけだ」

「デ」

「虐待派に自分から話しかけ、元の主人の下で飼い実装に戻る機会を永遠に失ってしまった」

「デ」

「でもまあ、自分から言った約束だもんな、しょうがないよな?」

「デェェェ…」






「じゃ、約束を守らせてもらおうか」

「デギャァァァァァァァァァァァァ!!」









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