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半愛半虐


 

逃げる逃げる。

先頭は親実装。連れは二匹の仔実装。

広いお屋敷の庭を斜めに横切り、家庭用警報機の音から遠ざかる。

窓割りをせんとするも強化ガラスはびくともせずに、代わりにサイレンを起動させた。

こんなはずでは、と親実装が呟く。

ママのうそつき、と仔実装はわめき散らす。

ゆったりと金属棒を持って追う男。

実装親子が目指すのは、庭の片隅。

わずかばかり網フェンスが破れた隣の屋敷との境目。

親が避け目にたどり着き、遅れた仔を手招く。

大きく広げた隙間から、小さい仔実装、妹が隣へ逃げ込む。

しかしもう一匹の仔実装…姉は間に合わず、あっさりと男の手に落ちる。

あきらめた親実装がフェンスの隙間に体をねじ込み…


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                     半愛半虐


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「その仔実装をこちらに引き渡してもらおうか」
「お断りします」

家境のフェンス越しにバール(ryを持った男と、隣家の女主人が言葉を交わす。
男の手には泣きじゃくる仔実装。
隣家の主人の手にも、不安そうな仔実装。


そしてその隙間に、フェンスの隙間に丁度半身ずつ挟まった親実装。


少々メタボ体型の親実装はフェンスの隙間を越えられずに、丁度二軒の敷地に跨るように
フェンスに引っかかり身動き取れなくなっていた。

「あなたこそその仔実装をこちらに引き渡しなさい」
「いやなこった」

女主人の言葉に男は舌を出す。

この二人、隣に邸宅を構えながらも、非常に仲が悪かった。
その根底にあるのは、過剰な見栄と負けず嫌い。

片方が庭に楓を植えれば、片方は庭に桜を植える。
片方が車庫にフェラーリを収めれば、片方は業者にポルシェを納車させる。

金と暇を持て余した同属嫌悪は、今まさに2つに分断された実装親子の上で発揮されていた。

「第一あなたその仔実装をどうするつもりですか」
「こいつらはな、俺の家に窓割りしようとしやがったんだよ。
 もちろん苛烈な折檻を施してやるともさ」
「ああ、やだやだ、なんて野蛮な人でしょう。こんな小さな生き物をひどい目に合わせるなんて。
 こっちの仔はあなたには絶対に渡せません」
「チ、勝手にしろ。でもこの親実装は俺のところにもらっていくからな」
「待ちなさい。見ればこの親実装はこちらの敷地にいるではないですか。
 あなたのものではありません。こちらで保護します」
「それを言ったらこっちにもいる。お前の物でもないだろうが」
「あなたのものにするよりマシですわ」
「論理で話を振っておきながら、今更主観で歌うなよ?ボケが」

緊張する空気。
フェンスに挟まった親実装にも、自分たちの進退が取り交わされているのはわかる。
どうなることかとハラハラして息を潜めていた。
仔実装たちも同じだ。というか、両者とも力の篭った拳の中で軽く窒息していた。

しかし、どんな糞蟲思考であったとしても



「じゃあ、この親実装のこっち半分は俺のものでいいな!?」
「こちらの半分が死ぬようなことになったら承知しませんからね!?」



人間二人が出した結論は想定の外であっただろう。



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早速親実装が挟まっているフェンスの間に男の手で透明な仕切りが作られた。
これはフェンス越しに敷地を跨って、姉妹間で物のやり取りをさせないためのものだった。

そして実装石の右半身…男の敷地に跨る方は、無残にも釘とボルトで壁に固定されていた。
親実装が何かの拍子に向こう側に逃げ出さないように、との保険である。
右側に残された赤い瞳で親実装は涙を流した。

親実装の左半身…女主人が管轄する方には、まず雨風を避けるひさしが作られた。
背中と壁があたる部分には、やわらかいクッションが敷かれ、
擦り傷だらけだった体には手厚い医療処置が施された。
左側の緑色の目はあまりのことにきょとんと見開かれたままだ。

「テェ、テェェェェ、テェェェェェェェン」

男の側の姉実装は間髪いれずに禿裸にされ、親実装の足元にリードでつながれた。

「テ? テテ? テチィィィィィ♪」

女主人の側の妹実装はわざわざドールハウスを設えられ、そこを居住とさせられた。

「テギャァァァ!! テェェギャァァァァァ!!!」

姉実装が透明な仕切りを泣きながらペスペス叩く。

「テチィ…」

妹実装は姉に済まなそうな顔をしながら、
それでも緩む頬を押さえられずにドールハウスの中に消えていった。


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「テッチューン♪」

妹実装にはクッキーが与えたれた。見たこともない甘みに、妹実装の口から抑えていた嬌声が上がる。

「テギャァァァァ」

姉実装には画鋲が与えられた。歩くたびに両足に走る激痛に、姉実装は転がって呻いた。

「デ、デス、デスーン」

女主人の手により、親実装の口の半分にはケーキが運び込まれた。
タイミングを合わせて、男の手によって親実装の口の右半分には仔実装の衣服が詰め込まれた。

親実装は泣きながらそれを嚥下した。
姉実装の愕然とする瞳と、罵りの声はケーキのもたらす甘みにかき消された。

親実装のひりだした糞はしきりに分けられて左右に流れた。

女主人側の糞は迅速に撤去され、消臭剤が散布された。

男の家側に流れた親の糞は、姉が掃除する。
そのまま姉実装の食事になるからだ。



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秋も深まった寒い夜だった。



ドールハウスには携帯カイロを仕込んだ布団が用意された。
親の左半身にも、延長コードがつながった電気毛布がかけられた。
緑の瞳は覚えのない温かい感覚にとろけそうになった。

親の左半身には油がかけられた。
いつまでも乾ききらない湿った不快感と冷たさに赤い瞳は不愉快げに虚空をさまよった。
禿裸の姉実装はそのままだった。
眠れない姉実装は仕切り越しに妹の暢気そうな鼾を聞いて夜を過ごした。



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「なんでイモウトチャンだけあんなにいい暮らしができるんテチィィィィ!!」
「我慢するデス…殺されないだけめっけモンデス」
「そんなの納得できないテチャァァァ!!」
「テチィ…オネエチャン、許してほしいテチ」
「許す許さないよりも代わるテチィィィ!! なんでオマエばっかりこんな、こんな!」
「別にワタチがお願いしたわけじゃないテチ、全部ニンゲンが勝手に用意するテチ」
「テェェェ! オマエ何食べながら話しているテチ! それこっちにも遣すテチ!」
「届かないテチ」
「おま、おま、オマエ、この糞蟲ィィィィ!!!」
「お前タチ、いい加減にするデス そろそろニンゲンさんが来るデス」
「テチャァ♪」「テギャァ!」


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「ふん、ずいぶん可愛がってるんだな」
「そっちは見るに耐えない様子ですが」
「これからもっとひどくなるぜ。なにせこっち側には手が一本しかなくてかわいそうだからな。
 今日はスプリットしてやろうと思ってな」
「おおひどい、それじゃあせめてこちら側には痛みが紛らわせるようにテレビでも置いてあげましょうか」
「こっちに映像流すんじゃねえぞ」
「もちろん、仕切り越しにそちらに与えるものは何一つないですし」




「デヒャヒャギィエァァァァウゥゥデプププピギィヤァァァァ!!」

二軒の屋敷の間で笑いとも苦痛ともいえない親実装の絶叫が響き渡る。


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雨が降った。

ひさしが弾く雨の音に、妹実装の頭がゆっくりと揺れる。
綺麗な既製服を半分着せされた親のひざの上で、ゆっくりと昼寝をする妹実装。
親の体が時折震えるたびに、「テチィ?」と目覚めてはまたまどろみに戻ってゆく。


男の敷地では雨どころかデスレインが降っていた。

「デヒッ デヒッ」

雨に濡れて動く気力のない親の目には、頭上に固定されたボトルから、
まるで点滴のように緑の激辛パラペーニョエキスが点眼されていた。

「テヒッ テヒッ」

繋がれた姉実装の目にも同様の装置が点眼を行っていた。


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「オネーチャン ママになるテチ?」
「うるさい 寄るなテチ」
「テェ 意地悪しないで欲しいテチ」
「静かにするデス」
「テェ」
「…ママもまたママになったテチ?」
「…そうデス」
「…♪テッテロチェー」
「…♪デッデロゲー」
「それなんテチ? ワタチも歌うテチ!」
「うるさい 寄るなテチ」
「テェ 意地悪しないで欲しいテチ」
「静かにするデス」


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親実装は必死だった。
出産を控えた下腹部は大きく膨れ上がり、フェンスの縁によって強く圧迫されていた。
しかし気を抜くわけにはいかない。
仔を産み落とす方向が右に逸れれば、その仔の一生は暗黒に染め上げられる。
もし左側に産み落とすことができれば、その仔の一生は保障されたも同じだ。

固定された上に、さらに膨らんで身動きできない体を何とか左側にねじろうと努力し、
親実装は揃った赤い眼から涙を流す。
土地の両側には男と女主人の両方が控えている。

「デッ!」

総排泄孔…パンツはすでに半身の虐待のせいで消失している…から蛆実装が顔を出した。

「テチッ!」

妹実装が期待に篭った目で蛆を見つめる。
この世に生まれた新しい姉妹を祝福するように。

「テェ」

姉実装が怨嗟に濁った瞳で蛆実装を見つめる。
我が身に降りかかった絶望を分かち合う、新たな生贄を引き寄せるかのように。

「♪テッテレー」

ヌルリ

ああ、残念なことに初蛆は男側の敷地に生み出されてしまった。

「やれ」
「テェェ!」

男の号令で姉実装が蛆実装のもとに駆け寄り、粘膜とともに髪と服を取り除く。

「妹ちゃん地獄へようこそテチ お前の実生早くもエンドテチ」

男の命令に逆らう選択肢は姉実装には無い。
悲しみ半分、自らの不幸を共有する仲間の誕生に暗い喜びの情念半分で姉実装は妹を処理していった。

粘膜が取れれば仔実装にはなるだろう。もっとも、それは何の慰めにもならないだろうが。

それを見て女主人は軽く舌打ち。

「ほら、あっち側に産むから仔があんな不幸な目に合うんです。
 がんばってこっち側に仔を産みなさいよ」
「デスーッ!」

赤い涙で応える親実装。
針金の抉りこんだ腹をねじり、なんとか二匹目の仔をひりだそうとする。

「テェェェン テェェェン」
「デス!?」
「あ、馬鹿っ」

「♪テッテレー」

ポトリ

仔実装として覚醒した元初蛆が、すべてを奪われたことに気づき、上げた初号泣。
それに一瞬気を取られた親実装はまたも仔を男の敷地に産み落としてしまった。

「あーあ、かわいそうに。また新しい犠牲者がきてしまったな。やれ」
「テェ」

「テェェェン テェェェン」


女主人は実はこの出産にはあまり興味がない。
妹実装の家族が増えてもそれはかまわないが、別にあえて増やしたいとは思っていない。
そもそもただ単に数を男と張り合うだけなら、好きな時にこちら側の目玉を赤く染めればよい。

そして

「こっちに来るテチャァッ」
「あ」
「チ」

4匹がすでに地獄…男側の庭行き決定となり、しびれを切らした妹実装が
とうとう無理やり生まれたての蛆実装を女主人の家側に引き入れてしまった。

「なにするテチィィィィィ!!」

姉実装が絶叫する。

「おっと、ペナルティ発生だ。残念だったな」
「違うテチ! いまのは妹ちゃんがズルしたんテチ! だからワタシの仔を潰すのはやめるテチ!」
「だめだ、ルールはルールだから」

女主人側に仔がもたらされれば、
そのペナルティとして男は生まれたての『姉実装の仔』を潰す。

男側のルールは、親子にとってどう転んでも不幸になる苛烈なものであった。

「やめるテチィ いまのはちがうテチィ こんなはずじゃなかったテチィ!」
「ママァァ!?」「ドウシタレフー?」

姉が叫ぶ。姉の足元には姉の仔がひっしとしがみついている。
男は無造作にそのうち二匹を摘み上げると指を弾くほどの手軽さで

プチ プチ

二匹の親指の首を弾き飛ばした。

「はい、約束どおり1つのミスで2アウト。次はうまく産むようにママにお願いしなさい」
「…テチィィィィィィ」

本気の血涙…姉は筋道の通った理不尽に下あごを噛み締め続けた。

「テェェ…オネーチャンどうしたんテチ?」

状況がわかっていない妹実装がアクリル越しに首をかしげていた。


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女主人側には結局新た仔実装一匹…妹のによって「ミィ」と名づけられた…が増えた。
妹実装もいまやミィの姉として大忙しだ。
おやつの時間、トイレの場所、テレビの操作法、教えることは山ほどある。

アクリル越しにそれを見つめるのは姉実装と姉の仔一匹。
それに新たに加わった妹が5匹。
そろいも揃って禿裸。
しっかり栄養を摂った親が片腹を冷やしたおかげでひり出す糞のおかげで、飢えこそ感じないものの、
吹きっ曝しの庭はその小さな体から体力を奪いつくす。

「オネエチャ…なんであっちはあんなに幸せそうなんテチ?」
「…聞くな、テチ」
「オネエチャ…あの仔達はなんでおいしそうなゴハンを食べてるテチ?」
「…言うな、テチ」
「ママ…ワタチもああいうオウチに住みたいテチ」
「…テチィィィ」

姉は無言で新たな妹たちを殴りつける。
殴られたほうも何も言わずにその拳を受ける。
腫れた頬と涙だけは暖かい。
そのままあまりにも小さな7匹は
お互いを抱きかかえあいながら親の影に隠れて丸くなった。


親はもう思考を止めている。
寒いうちは男も家に篭ってあまり虐待をしにはやってこない。
せめて春までは…
とっくに精神も肉体も限界に来ていた親は、偽石にヒビを入れながらも
なんとか糞…姉達の食料だ…を作り出すべく、命を削り続けていた。


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冬が来た。
妹とミィは笑っていた。
姉達は泣いていた。
親は黙っていた。


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雪が降った。
妹とミィは笑っていた。
姉達は泣いていた。
親は黙っていた。


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雪が溶けた。
妹とミィは笑っていた。
姉達は泣いていた。
親の命の灯は消えていた。


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春が来て暫く。
暫くぶりにやってきた女主人の言葉は、一家にとって驚くべきものであった。

「あなたたちを解放します」
「テチャ!?」

男側の敷地に女の手のものが入ると、姉実装の一家を縛るリードを次々と外していった。
親の死骸を壁に繋ぎとめるボルトも外される。

急に与えられた自由に目を白黒させる姉達。


        *        *        *


資産家である男が事業に失敗したのはあまりにも突然だった。
その負債は業務と割り切れるものに留まらず、男自らの資産までに影響するほどであった。
車庫の高級車はもちろん、嗜好品や贅沢品、挙句日用品を売り払い、
広い屋敷すらも競売にかけられかけた。

それに相場よりも高い値段をつけたのが、誰であろう隣に住む女主人だった。

そこにいかなる感情があったかはわからない。
強敵に対する慈悲だろうか。
同じ価値観を持つ一人に対する礼儀だったのだろうか。
ただ、何を言うでもなく、女主人は男の身辺整理を手伝った。

全てを失うよりも、ほんのわずかだけマシな状況で身を保たせた男は、
女主人に一度だけ会釈すると街を去っていった。

女主人も何も言わずにそれを見送った。


        *        *        *


「あの男はいなくなりました」

言葉は通じなくても、怖いニンゲンがいなくなったのはわかる。

「あなたたちはもう自由です」

アクリル板が取り払われる。

「「「「「「「…」」」」」」」

あっけなく、姉の一家は解放された。
そして

「「「テッチャァァァァァ!?」」」

女主人の手のものは、妹実装とミィが住むドールハウスも片付け始めたのだった。

「テェ!? テェェェ!?」「テチャァァ!?」
「あなたももう自由です。親子揃って幸せに過ごしてください」

女主人にとって、別に実装などもともと何の興味もない存在。

男がフェラーリを買ったなら、それに対抗してポルシェを買うように。
男が庭に楓を植えるなら、それに対抗して桜を植えるだけ。
男が虐待をするのなら、それに対抗して愛護をするだけ。


男がいなくなったなら、あえて何もしない。

何もする理由が、ない。



「テチィィィ! テェェ!」

足元に泣きながら縋りつく妹実装。
それを無造作に摘み上げると、沈黙を保ち続ける姉実装達の前に戻す。
何もわかってないミィだけそこに取り残される。
ゆっくりと、ゆっくりと姉実装達がミィを取り囲んでゆく。

「もう好きなところに行ってください」

何度も何度も追いすがる妹実装。
そのたびに引き離す女主人。

「テチィィ…テェ!?」

何度目だろうか。
とうとう女主人に縋ろうとした妹実装は足をもつれさせ、転んでしまった。
女主人はそれを見届けると、何も言わずに屋敷の中へ戻っていった。

「テェェ テェェェェェェェ!!」

叫ぶ妹、黙り続ける姉達。姉達に四肢をしっかりと取り押さえられたミィ。
皆、女主人の手のものによって敷地の外に放り出されると、扉は完全に閉められた。


        *        *        *


「テェェェ! なんでワタシタチのオウチが急に無くなるんテチ!」
「…」
「理不尽テチ! 横暴テチ! 許しがたいテチ!」
「…」
「やっぱりニンゲンなんか信用するべきじゃなかったテチ!」
「…」
「テェェ! オネエチャもそう思うテチ!?」
「…」
「…テェ」
「…」
「…テェ?」


「…テチ」
「オネエ チャ?」


「オカエリ テチ イモウト チャ」


小さなミィは他の禿裸の妹達に押さえつけられ、ゆっくり、ゆっくり服を剥ぎ取られていった。

「テチャ!? テチャァァァ!!?」

なすすべもなく髪をも全て抜かれ、絶叫するミィ。
それを目の当たりにし、ようやく状況に思い至って一歩あとずさる妹に、
もう一度だけ、姉は言った。





「オカエリ テチ イモウト チャ」









 


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