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ご主人様とゴシュジンサマ


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その親実装に出会ったのはたまたまだった。
会社の昼休み、外弁を買いに出かけた俺は、そのまま近場の公園へ立ち寄った。
ほかほかの唐揚げ弁当を冷める前にいただこう、と思いベンチに腰掛けたとき、
視界の隅に妙にきびきび動く緑の塊を捕えたのだった。

慎重そうに周囲を窺い、手早くゴミを分けあさり、手際よく袋に詰めては、茂みに戻る。
茂みを伝っては別のゴミ箱へ移動し、同じように中身を漁る。
決して散らかすでも、その場で食い散らすでもない。
ひとつの完成された動きがそこにはあった。

なぜ俺がその実装石に注目したのかと言うと、その親実装ががりがりに痩せていたからだ。
集めている餌は決して少なくは無い。自分本位な実装が胃を満たすなら十分な量がある。
自分のいるベンチの近くのゴミ箱にもぐりこんだ時、俺はその実装に声をかけてみた。

「なあ、お前は人間に媚びて餌を貰おうとはしないのか?」

ビックリしてはじめ逃げようとした親実装は、周囲を見て逃げられないと判断したのか、素直に応えた。

『ニンゲンさんのご飯はニンゲンさんのものデス ワタシ達はここにある餌だけで十分なんデス
 ニンゲンさんに迷惑はかけていないつもりデス だから何もしないで見逃して欲しいデス…』

「十分と言う割に、お前は随分痩せているじゃないか?」

『これは…子供たちのご飯なんデス 子供達は育ち盛りなんデス
 普段厳しく躾けていてあまり自由にさせてあげてもいないデス
 だからせめてご飯だけはいっぱい食べさせてあげているんデス…』

驚きだ。こいつは賢い上に子供想いの親実装ってやつだ。
思わず感激した俺は、そいつに唐揚げを一個わけてやる事にした。

『これは…?』

「お前さんへのご褒美だ。いい家族を育ててやるんだぞ」

『申し訳ないデスゥ ありがたく頂戴するデスゥ』

押し頂いて袋に入れようとする親実装を俺は制した。

「ここで食ってけよ」

『デ? でも…デス 子供たちと分けて…』

「子供のことは少し忘れろ。それはお前さんのだ。少しくらい肉をつけないと倒れちまうぜ」

それを聞くと、親実装は少し恥ずかしそうにうつむいて、もそもそと唐揚げをかじり始めた。
俺は満足しながら、足元によってきた他の糞蟲を踏みつけつつ、唐揚げ弁当を頬張った。



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僕がその仔実装を見つけたのは、偶然以外の何物でもない。
大学の昼休みは長い。図書館に篭る気も起きなかった僕は生協で買った飴を片手に公園をうろついていた。
この近場の公園は大学の生徒にとってはキャンパスの一部のような感覚で、ブラバンとかもたまに練習に使っていた。

日差しを避けてふと木の陰に入ると、茂みの隅から二組の目玉がこっちを見ていた。
飴を放ってやってもうかつに近寄らない。なかなかの警戒心だ。
興味を持った僕は木陰に座り、自ら飴を嘗めてわざとらしく声を上げた。

「あー、飴はおいしいなあ 甘くて蕩けそうで、まるで天国だなあ」

『テェ…』
『テ テテェ テチ!』

揺れる小柄なほう…おそらく妹を姉が小さく嗜める。よくできた姉妹だ。
もうちょっとだけ意地悪してやる。大仰なしぐさで虚空に話す。

「でも随分余りそうだなあ だれか欲しいなら分けてあげるのに これは捨てるしかないかなー」

『テチィ!』
『テ テテェ… テチィ…』

我慢できずにこちらに飛び出し、ピョコピョコ跳ねる妹実装。
それに続いて、姉実装もばつが悪そうに僕の前に歩み出てきた。
そんな姉妹たちの頭を軽く撫でると(この期に及んで一瞬逃げようとびくついた)
その小さな口に一粒づつ飴を入れてやった。

『テチュ♪』
『テチェ♪』

きっと飴など食べたことがなかったのだろう。姉妹は驚き、そして蕩けそうな表情になった。
携帯のリンガルアプリを起こして会話を試みる。

「随分びくびくしていたけど、どうしてだ? 過去にひどい目にでもあったか?」

『ママに言われていたテチュ ニンゲンに近づいちゃダメテチュ って』
『本当はモノを貰ってもいけないって言われているテチィ…』

もそもそと喋りだす姉妹。きっと虐待派のことを警戒しているのだろう。
賢い親に育てられた、賢い子と言うことか…

『でも…ママの言い付け破っちゃったテチ…どうしたらいいテチ…』
『テェ…』

姉妹は真っ青になり、うな垂れてしまった。かわいそうに…ごまかすように語りかけた。

「飴は、よく言いつけを守っていた君たちへの御褒美だよ。だからママには内緒。いいね?」

『『内緒テチ?』』

「そう、内緒。いい子だけへの御褒美だから」

そう言って二匹の口へもう一粒ずつ飴を入れてやった。

『『テチー♪』』

うれしそうな声を上げる姉妹に手を振りながら、
最初に撒いた飴に寄ってきたよその糞蟲を摘み上げて俺は大学に戻った。


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次の日も親実装はゴミを漁っていた。
俺が軽く手を上げると、こっちに気がついた親実装は深々と頭を下げた。
昨日に比べて随分と血色がいい。唐揚げ効果かな?と冗談気味に語りかけると、疲れた主婦の顔で親実装が言った。

『子供たちが少しだけワガママをいったデスゥ… 少し叱っちゃったデスゥ』

「そりゃたまにはワガママくらい言うだろう…なんて言ったんだ?」

『このご飯は甘くない ってぼそっと言ったんデスゥ いままで文句ひとつ言ったこと無かったのに…』

「まあ、甘いもんなんてめったに食べられないだろうしなあ それに大声で文句をつけたわけじゃないだろ?」

『でも 甘いものなんて食べさせなかったデスゥ 糞蟲の遺伝子が覚醒したのかも…』

ぶるっと震える親の頭を優しく撫でてやる。
人間の手に慣れていなかったのか、親実装はびくびくしていたが、やがて安心したように目を閉じた。
野良のくせに綺麗な頭巾だ。洗いたての布の手触りを感じながら、親に言ってやる。

「たまに反抗するのは、無事に成長している証さ。あまり気にしないで今日もご飯にしようぜ」

『デスゥ…』

今日はカルビ弁当だ。肉を2枚分親実装につけてやることにした。



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僕が公園にたどり着いたとき、二匹の姉妹は泣いていた。

『ママに怒られたテチィ』『何もしてないのに怒られたテチィ』

まあ、本当になにもしていないということはないだろう。なにか気がつかないことで怒られたに違いない。

「あまり泣きなさんな。よその怖いおばちゃんに見つかるぜ?」

そういうと、二人ははっと口を押さえて周囲をきょろきょろした。かわいいなあ。飴を与えてやる。
甘い飴を嘗めると、落ち着いた姉妹はぽつぽつと喋り始めた。

『ママは外で遊ぶことを許してくれないテチィ』
『本当はトイレより遠くまで行っちゃいけないんテチィ』
『お歌も歌っちゃダメっていうんテチ』
『ドタバタするのもダメっていうテチュ』

どうやら徹底した警戒主義の親のようだ。顔には出さないが感心する。
しかし、姉妹が言いたいのはそこではなかったらしい。

『しかも、最近じゃよそで美味しいもの食べてるみたいなんテチュ!』

「どうしてわかるんだ?」

『体中から美味しい匂いをさせていたテチ!』

なるほど、匂いの強い食べ物を食べれは体臭は濃くなる。
…そしてそういう食べ物には実装にとっては豪奢な食べ物が多い。

「それはよくないなあ…」

子供に我慢を強要させながら、自分が裏でそれを裏切っちゃダメだ。かわいそうだ。
ニ匹に多めに飴を与えると、膝の上の姉妹に約束してやった。

「次来たときは僕が遊んであげる。それまでいい子にしているんだよ」

『『ハイテチュ!』』



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4個入りの唐揚げボウルを前に、親実装がグチをこぼす。

『親離れなんデスかね… こっちが何を言っても怖がらなくなってきたんデス』

「苦労しているねえ…」

一人暮らしの俺には、あまり聞き慣れないこういう家庭の話題はそれほど苦痛じゃない。
膝程度の大きさのナマモノが人間と同じように感じ、考え、悩みを持っているのが、無性に面白かった。
それ以前に人間と同じような感性をもつこの親実装に、俺は興味を持ち始めていた。

『産まれた仔のなかでも寄りぬきのいい仔だけを選んだデス
 ワタシが持ってる知恵を全て教え込んだつもりデス
 もう少し体が大きくなればきっと誰よりもしたたかに生きていける仔になるデス』

焦りと悲しみの中に、子供に対する愛情が深く見えた。

「大丈夫。お前さんはよくやっているさ。二匹とも健康に育っているんだろ?誇りなよ」

親は静かになってしまった。どうしたのかと思って横を見れば

『デゥ… デゥ… ありがとうデスゥ…』

小さく震えながら泣いていた。



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「それ、なかなかぶつからないだろう。いや、惜しいな、もうちょっとだ」

『テチィ! これはなかなか難しいデスゥ!』
『動くなー! テチィ!』

長めの棒の先に糸を垂らし、プラスチックの的をくくりつける。
ゆらゆら揺れる的に、見事ボールをぶつけたら金平糖1個ゲット。
もともと遊びらしい遊びを知らない二匹は、すぐにこの遊びに夢中になった。
なんせ賞品が魅力的だ。無数のボールが宙に飛び交う。
結局姉が3個、妹が2個、金平糖を確保した。

『腕が疲れたテチィ…』
『これは奥の深い遊びテチュ…』

金平糖をかじりながら、いい汗かいちゃった姉妹は少し悔しそうだ。
確かにちょっとノーコン過ぎるな、と僕も苦笑せざるを得ない。

「次来るまで何かで練習しておきな。上手くなったらもっと金平糖をあげるよ」

『『テチ!』』

瞳に炎をともした姉妹が決意も新たに応えた。



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『糞蟲デスゥ… 糞蟲デスゥ…』

分けてやった徳用幕の内の半分を泣きながらかき込む親実装。
俺もさすがにかける言葉が無いが…慰めるくらいいいだろう?と虚空に許可を求める。

「見間違えかも知れないじゃないか。現場を押さえたわけじゃないだろう?」

『でも他に誰がやるっていうんデスゥ!?』

曰く、家の周りの茂みに、糞が投げつけられていた。
執拗に、まるで何かを狙うように。
よその実装石の仕業なら近くにいる姉妹が無事なはずが無い。
犯人は自ずと… というわけだ。

「身を守る訓練かもしれないじゃないか…目くじら立てなくても」

『ワタシは何かあったら一目散に逃げろと教えてきたデス!
 外敵でも事件でも向かっていって乗り切れることなんて何にもないデス!
 …自分で始末をつけれるならいいデス。
 でも、糞蟲になると自分だけじゃなく家族も危険に晒されるんデス…
 あの子達が死んだら…ワタシが生きた証もなくなってしまうデス…』

思うところ色々、事態は結構深刻らしい。一人暮らしの自分にも、その痛みはなんとなくわかった。
自分の生きた証…他人と関わって残せるもの…なにかできたこと…か。
思わずこんな台詞が口をついて出た。

「お前…今の子育てが終わったら、うちで生活してみるか?
 新しい子供を作ってさ。今度はビクビクしないでやってみたら…どうかな?」

『デス?』

親実装は、何を言われているのか始めわからないようだったが、
やがて顔をぐしゃぐしゃにしながらズボンに抱きついてきた。
ああ、これから会社に戻らなければならないのに…
そう思ったが、流石にこの流れで親実装を引き剥がすことは出来なかった。
優しく頭を撫でてやった。



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驚くほどボール投げが上手くなってきた仔実装達は次々と金平糖をせしめていった。

「さすが賢い仔だけあるな…覚えがいいなあ」

『お任せテチィ!』
『キリキリ舞いテチィ!』

親指が立たないが、ガッツポーズらしきものをとる姉妹。
特別賞のキャラメルを支給してやる。頑張っている仔には報いてやらないとな。
僕としても言うことを守って懐いてくれるこの姉妹はかわいいのだ。

お腹がいっぱいになった姉妹達は恒例の愚痴吐きタイムに突入した。

『ママは絶対に他所でいいモノを食べてるテチィ!』
『ステーキテチ! お魚テチ! コロッケテチ!』
『証拠もあるテチ ママの前掛けが汚れているテチ!』
『あれはなにかのソーステチ! 骨テチ! 油カステチ!』
『きっとニンゲンさんに近づいて自分だけいいモノ食べて…』
『ワタチ達にはゴミだけ持ってくるんテチ!』

爆発してるなあ…でも、ガスを吐かせながらも宥めてやらないと、
この仔等の親になんか悪い気もする。

「きっとそれは誤解なんじゃないかなあ…ママは君達が一番大切なはずさ」

『うそ臭いテチ』

「そんなことないよ。他の子供達を間引いてまで、君達を残したんだろ?」

『テチ…』

「そうだよ。君達はママの一番の仔なんだ。一番なんだよ」

『一番テチィ…?』

「そう」

『ママの一番テチ!』

納得したようだった。根が素直なんだろう。いい仔だなあ、とつくづく思った。



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「ちょっと気が早すぎないか?」

両目とも緑色になっていた親実装に、俺は苦笑した。親実装は余裕の表情だ。

『いいんデス 胎教は早くからするのが肝心なんデス
 すぐにいい仔をいっぱい産んで、ご主人様の飼い実装になるんデス♪』

踊り出さんばかりの勢いだ。母体には栄養がいっぱい要るだろう、ということで、
俺は持参したカツ丼弁当のほとんどを親実装にわけてやった。

『二人の仔ももう大丈夫デス 親が要らなくなったなら立派な大人デス
 いつの間にか餌も自分で調達していたデス
 きっとワタシよりずっと逞しくしたたかに生きてくれるはずデス』

長い試練のときが終わるのだろう。
会ったとき以来見たこともないような穏やかな顔で、親実装は言った。

「じゃあ、次に会ったとき、子供も連れておいで。
 俺はほんの暫く出張があってここには来れないけど、そのころには産まれているだろう?
 お前と産まれた赤ちゃん、揃って家族にするよ。
 俺も赤ちゃん見るの楽しみにしてるからな。いい仔を産めよ」

『デッス〜ン♪』

俺は再会を楽しみにしながら、親実装と別れた。



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「おまえら、うちで飼われないか?」

僕の言葉に、姉妹達は顔を見合わせた。
うれしそう、でもどこか引っかかる、そんな顔だ。

『テェ…』
『ワタチ達二匹…テチ?』

「もちろんママも連れておいで」

その言葉に、今度こそ本当にうれしそうに姉妹は跳ね回った。

『やったテチやったテチやったテチ!!』
『飼い実装テチ!』

その喜びように、僕もなんだか嬉しくなった。
学生の身分で自由にできるお金は少ないが、住んでるマンションは比較的規制が軽い。
多少は生活を圧迫するが、賢い親子ならむしろ飼ってみたい。
僕自身もそうとうこの姉妹が気に入っていたので、逆に突っぱねられたらショックなくらいだった。

「おまえら3匹養うくらいの余裕はあるからな」

『テチテチ!』
『ニンゲンさん太っ腹テチ!』

くるくる回る二匹を前に、伝えなきゃいけないことだけ伝える。

「でもな、今すぐってわけにはいかないんだ」

『テェ?』

僕は明日からしばらく帰郷する…わからないだろうから遠くに行くことになった、と伝えた。

『するとゴシュジンサマが戻って来たら…?』

「ああ、実家から要らないタオルとかも持ってくるから、引っ越せると思う。
 次僕がここにきたらママを連れておいで。」

『『飼い実装テチーーーー♪』』

二匹は木の葉のようにくるくると回った。



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出張も残り一日になった。

そろそろ前の仔も一人立ちして、新しい仔も産まれたんじゃないかな。

そんな予感が俺にはあった。



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実家の窓から空を見る。

親子3人うまくやっているかな。

明日帰ったらいよいよ新しい家族ができる。

僕はそんな気分にワクワクした。



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『ママ…その仔はなんテチ…?』

『これはママの新しい仔デスゥ…この仔がいれば…』

『3匹じゃないといけないんデチィ…3匹じゃないと…』

『何を言っているんデスゥ?
 それよりもお前達もう大人なんだからさっさと一人立ちするデスゥ』

『その蛆ちゃんがいちゃダメなんテチ…』

『? お前達…何をするデスゥゥゥゥゥ!?』

『テチャアアアアア!!!』

『デギャアアアアア!!!』

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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その日、公園は雨だった。

雨の中、一人の大学生が大きな籠を片手に彷徨っていた。

だれかを待っているのだろうか?キョロキョロと落ち着きがない。

そんな大学生に、一人の会社員が声をかける。

「だれかをお探しですか?」

「ええ、まあ、そんなところです…貴方も?」

「ええ、待ち人が…ちがうかな? まあ、待ち合わせです」

「うーん、来ているはずなんですけどね…」

「自分も振られるとは思いませんでした」

「はは」

軽く会釈して分かれる2人。

結局、雨の中を彷徨った2人は、3時間後に諦めて帰った。


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雨に濡れた茂みの中にダンボールがあった。

食い散らかされた蛆実装の群。

殴られて千切れかかり絶命した仔実装二匹。

出産直後の弱ったところを噛み付かれて失血した親実装。



外からの傷一つないダンボールの中で

全ての物語は終焉していたのだ。








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