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託児シュート


ひとつ、上の開いた手提げであること
ひとつ、その中に物陰から子供を放り込むこと

いざという時のためにママから教わったことはこの2つ。
託児という行為は結局は間引きである。
このままでは死の運命から逃れられない我が子を僅かな生存の可能性に繋いでゆく。
失敗して当然だとわきまえること。
託児先にのこのこ顔を出すなど問題外。
ワタシのママが教えてくれたことは正しかった。

事実この親実装は何度も託児…体のいい間引きを成功させていた。

「ここでお別れデス」
「ママァ」

きっかり3匹。それ以上は育てられない。
親実装の横には手塩にかけた3匹の娘と、
この夏にうっかり産まれてしまった4女…正確には18番目の仔…がいた。
4女に語りかける親実装。

「オマエはニンゲンさんのところに行くデス。そこでシアワセになるデス」
「シアワセ…テチィ?」
「そうデス」

10回以上使いまわした白々しい言い訳。
しかし仔にとって親の言葉は絶対だ。
みるみる明るくなる我が仔をどこか白けた気分で親実装は見下ろしていた。
場所は小学校、夏休みを利用した少年サッカー大会が行われているグラウンドの片隅。
広げられたシートの所々に開いた手提げが置かれている。
ニンゲン達は広場の中央に集中しており、託児をするのはとても容易い。

「さよならテチ、イモウトチャン」
「バイバイテチ」
「いつかまたテチ」

何度もこの光景に立ち会っていた姉3匹も心にもない別れの言葉を妹に贈る。
4女も覚悟を決めたようだった。

「ママ、オネエチャ、ワタチは行くテチ」
「それでこそ我が仔デス」

親実装は口先だけで仔を褒め、きわめて事務的な手つきで手提げのひとつに狙いを定めた。
赤くて四角い…車輪のついた手提げ。

「テェッ!」

ボフッ

仔実装が着地したその手提げの中には白い粉がたっぷり詰まっていた。

「テェェ…ケホッコホッ」

むせて目をこする仔実装。立ち込めた粉塵で呼吸もままならない。
涙を流す仔実装。この時点で糞を漏らさなかったのは上出来であろう。
しかし、悲劇の引き金となるには涙の一滴で十分だったのである。

グラウンドの隅に置かれたライン引き。
中には今ではほとんど使われなくなった生石灰が詰まっていたのだった。

「テチィィッ!?」

手を刺すような痛みに飛び跳ねる仔実装。涙をこすった手が熱くてしょうがない。

「テェェ!? テェェェェ!!!」

地面に壁に、痛む手をこすりつける仔実装。
しかし動くたびに粉塵は舞い上がり、むき出しの瞳にも覆いかぶさる。
目が熱い。口が熱い。
ウンチがちょっと出ちゃったオシリが熱い。
熱さで汗をかいた全身が熱い。

「テチャァァァァァァァァ!!!」

もはや全身灼熱に包まれた仔実装が悲鳴を上げた。

「デデッ!!!」

親実装は焦っていた。
無事に子供を投擲は出来たものの、仔実装が声を上げるのと同時にニンゲン達が騒ぎ始めたからだ。
実はこのニンゲン達の喧騒は試合の流れによるものである。
しかし実装にとってそんなことはわからない。
このままではいずれ自分達も見つかってしまうと考えるのも無理はない。
とっさに親実装は3匹の仔を引き連れてライン引きの陰に隠れた。

誰にも気づかれることなくライン引きの陰に隠れられた4匹は安堵した。
4女の悲鳴もやがて薄れて消えていった。

「あの糞虫、ほんと手間をかけさせてくれるデスゥ」
「ママ、早く帰ろうテチ」
「もうちょっとだけ静かになるまで待つデスゥ」

仔達にそう伝えながら親実装が寄りかかったのはライン引きのストッパーであった。
ライン引きが倒れる。

「デベオッ!?」
「ママァ!?」

ちょうときれいにライン引きの下敷きになった親実装。
鉄板製のライン引きと中身の生石灰の重みが親実装を襲う。

「ママ! ママァ!」
「デエエ! オマエタチ早く助けるデスゥ!」
「大ネエチャ! ママが! ママがテチィィ!」
「イモウトチャ まずは早く隠れるテチ」
「デェェ!?」
「このままだとママだけじゃなくワタシタチも見つかっちゃうテチ!」

「オマエタチ! ママを見捨てる気デス!?」
「大ネエチャ!」
「ママはあとで助けに来ればいいテチ!」
「オネエチャの言うとおりテチ 早く隠れるテチ!」
「チイネエチャ・・・」

親の非道を間近で見て育った姉達は親の危機に非常にドライだった。
もろともに危機に陥るよりは確かに正しい選択である。
しかし悲しいかな、性格の狡賢さと賢さは必ずしも連動しないものだ。
目の前に口をあけた鉄の箱。
その中に詰まっている白い粉の中に、3匹は頭から隠れようとした。

「アヅイテジャアアアア!!」
「オゲェェ! ゲホッ ガホッ!」
「いたいテチィィィ!! あづいテチィィィ!!」
「ママァ! 助けてママァァァ!!」

仔達が漏らす涙が、糞が生石灰全体を加熱してゆく。
鉄板越しの親にとっても同じことだ。

「デジャアアアア!! 重いデス! 熱いデス! 痛いデス! デギャァァァ!!」

ひときわ大きくなった喧騒に実装たちの悲鳴はかき消された。
試合の流れに動きがあったのだろうか。

ともかく誰かが親実装の5失点に気づくのは相当先の事となりそうであった。


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