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姿見


ある愛護派の飼い実装が行方不明になった。
飼い主の狂乱振りはとても正視に堪えるものではなく、
それゆえに飼い実装への深い愛情を感じさせるものであった。
町中に張られたポスターはカラー刷りで実に2000枚。
飼い主いわく、チーちゃんの特徴は、まるで宝石のような瞳、シルクのような髪、
マシュマロのような肌、小鳥のさえずりのような鳴き声。
次々と語り上げる飼い主の声には、悲しみとともに一種の陶酔すらも感じられたという。

大騒動の後、一週間の時間を経て、あっさり「チーちゃん」は見つかった。

公園でチーちゃんに一目ぼれした愛護派の男の犯行だった。
一週間の間、愛護のかぎりを尽くされたチーちゃんは無事に飼い主のもとに戻された。
飼い主との感動の再会。

だが、飼い主がチーちゃんを見た最初の一言は

「これはうちのチーちゃんじゃない」

確かに首輪も持ち物もチーちゃんのものであったが、飼い主は頑なにチーちゃんではないと断言する。
犯人の男がすり替えたのかとも思われたが、登録されている個体情報は確かにチーちゃんのものだった。
しかし、飼い主は認めない。
いわく、チーちゃんの目はもっと輝いていた、チーちゃんの髪はもっと滑らかだった、
チーちゃんの肌はもっとすべすべだった、チーちゃんの鳴き声はもっと愛らしかった。

チーちゃんを知る他の人間にはその違いはまるでわからない。
だが、飼い主がその「見知らぬ実装石」を貶すたびに、違うような気がしてくるのである。

たしかにチーちゃんはもっとかわいかったかもしれない。こんなかわいくない実装石はチーちゃんではないかもしれない。

飼い主はその「実装石」の引取りを拒否した。
ではその「実装石」が男のものになったのかというと違うのである。

自分がほれ込んだ実装石は確かにもっとかわいかったはずだ。それゆえにこいつはチーちゃんではないだろう。
チーちゃんはたしかに宝石のような目をしていたと思う。でもこいつの目はせいぜいビー球がいいところだ。

町に張られたポスターは5000枚に増えた。
引き取り手のいなくなった「実装石」は保健所に送られた。

保健所では新たに飼い主に見初められることがある。
もし宝石のような目をしている実装石だったら、すぐに引き取り手が見つかったことだろう。
しかし、そのような実装石を見つけたものは誰もいなかった。

誰にも「チーちゃん」と呼ばれなくなった「実装石」は、他の野良たちといっしょくたにガス室に消えていった。


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