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ラスト・マジック


「ママァ…寒いテチ…寒くてガマンできないテチ…」
「デェ…」

まだ冬になる前、落ち葉すらも落ちきっていない季節。
一匹の仔がこぼした弱音が、あっという間にハウスの中に伝播してゆく。
パニックになりかけたハウスの中で覚悟を決める親実装。
寝ていた床をはがすと、一本の棒状のものを地面から取り出した。

「ママ、それは何テチ?」
「これは暖かくなる魔法の棒デス」
「魔法テチ!?」

ざわめく仔実装を制して、親実装ははじめに弱音を吐いた仔…5女を招きよせる。

「オマエ、寒いのは本当に死ぬほどイヤデス?」
「テチ」
「…わかったデス ちょっとだけ痛いけど、それは我慢するデス」
「チッ!」

軽く、本当に軽く、その棒状の何かで親実装は5女の腕を傷つけた。

「これでオマエは一生寒い思いはしないデス」
「テェェ」

涙を浮かべながらも、5女はほっとしたようにうなずいた。
他の仔実装たちが一斉に騒ぎ出す。

「ずるいテチずるいテチ ワタチも寒いのは嫌テチ!」
「ワタチにも魔法をかけるテチ!」

「黙るデスッ! 2日もすれば5女があったかくなるデス!」

親が一喝する。不満そうにしながらも黙り込む他の子達。
この魔法は一度にかけては意味がない。
寒い冬の間、どうしようもない時に、一匹ずつ、かけてゆかねばならない。

(そして、残った一匹にこの魔法のことを教えてゆかねばならないんデス…)

自らの親がそうしたように。
あくまで事務的に、親実装は魔法の棒…ボロボロの鉄釘を地面の中に埋め戻した。
目ざとい3女が魔法の棒を埋めた場所をしっかりと記憶していることにも気が付かないままに。


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