夏の校舎で
夏休みに入ったとたん、息子が朝早くからカッターやらガムテープやら持ち出して遊びに行く。 洒落にならないようなことをする子ではないつもりだが、いかんせんモノがモノだ。 帰ってきて晩酌の枝豆に手を伸ばす息子に、それとなく何をしているのか聞いてみる。 「学校を守るんだ!」 なんとも勇ましい返事が戻ってきた。 詳しく話を聞くと、小学校が休みの間、校舎内に大量の実装石が入り込むらしい。 普段は大量の人の気配を感じて近寄らないが、人がいなくなれば程よい日陰と水源を確保できる格好の場所だ。 そこで子供たちは特別に開放してもらった図書室に対策本部を作り、登校日前日に「大掃除」を行うという。 さらにその掃除した総重量によって勝敗が判定されるのだとか。 「チームで戦車を作るんだ!」 |
息子いわく、5人ほどの小学生のグループが各々、祭りの山車のような実装退治機、すなわち戦車を作り それを進めて校舎内の実装石を駆除していくらしい。 もっとも退治機と言っても工作レベルのもので、台車に外壁を取り付けたものから、手運びのラッセルみたいなものまで様々で、 これに参加すると「自由工作」と「自由観察」の両方が免除されるというのだ。 何代か前の校長の発案というが、なるほど登校日に学校中に実装がいるというのは確かに具合が悪そうである。 興味がわいたので、「大掃除」決行日に学校を訪ねてみることにした。 「あちらがとしあきくんのチームですな」 用務員が指差す方向を見れば、廊下の向こうから茶色い壁が迫ってくる。 「デー!」「デーデー!」「テチャァァァ!!」 その前を必死に逃げる実装たち、その数7匹。 |
ダンボールで作られた壁はそれぞれ禍々しい形状のトゲやノコギリ……これも全部ダンボール製だ……が取り付けられ、 追いつかれた実装石はその鈍い凶器によって血祭りに上げられていた。 「デス…デギャァァァ!!!」 今まさに目の前で一匹がトゲに襲われ持ち上げられ。左右から迫るダンボールノコギリによって緩く、そして広く 切り裂かれてぼろ布のようになっていくところだった。 「あの持ち上げ式のリフトと回転ノコギリの仕組みをとしあきくんが考えたそうですよ」 「そうですか……」 血でしめった紙ノコギリは即座に取り替えられ、新しい紙ノコギリが壁から生える。 結局廊下のこちら側にくるまでに7匹の実装石を平らげ、背後のポリバケツに放り込んだ息子のチームは、 こちらに気づくことなく次のフロアに向かっていった。 |
器用に壁を分解し、それぞれパーツを持って階下へ向かう息子達を見ながら、ため息ひとつ。 「こういうのは情操教育に問題ないでしょうかね?」 「もともとはこういうものではなかったんですけどね」 用務員いわく、数年前はただの捕獲が行われていたらしい。 しかし、投糞の被害や予想外の噛み付きなど、子供たちにとってもそれはリスクのある行為だったというのだ。 そこで誰かが「盾」を使い始めたという。それは工作で作るような粗末なものであったが、 このちょっとした戦争においては一方的な攻撃の通用という革命的な事態を巻き起こした。 年々参加者が減っていたこの大掃除をエキサイティングなゲームへと豹変させたというのである。 「どうせ殺す生き物ですし、暴力衝動の発散にもなるならと、今は黙認状態ですね」 どこか遠い目でいう用務員の言葉をうろんげに聞き流す。 |
目の前では別のチームの戦車……長い竿の先に無数に竹ひごを生やしたものを突き出し、 逃げ惑う実装石を矢ぶすまにする……が泣き叫ぶ仔実装を仕留めていた。 窓の外では紙キャタピラが轢いた実装石がグラウンドに緑色の軌跡を残している。 背後から来たマシンは掬い上げた実装石を釘だらけの箱の中にほうり込む機構のようだ。 くらくらする頭を押さえ込み、用務員に丁重にお礼を言って、校舎を後にした。 その夜、久しぶりに息子と風呂に入る。 湯船の中で「勝ったか?」と俺が聞くと、緑色の汚れを落としたとしあきは 「途中でノコギリが足りなくなって負けちゃった」と言った。 その顔は少々残念そうながらも、なにか大切なものを守り抜いた誇りに満ち溢れていた。 何が正しいのかはわからないが、その晩は息子と共にオレンジジュースで晩酌をした。 |