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夏の終わりに


トンネルを抜けると急に空気が変わった。車の窓越しの日差しも一味違って感じる。
近づく海の雰囲気は、助手席のプラケース内の実装石達もわかるらしく、
興奮気味にデシャデシャテチャテチャと騒ぎ始めた。
リンガルを見ないでもわかる。
「景色を見せろ」とか「ケースを持ち上げろ」とか言ってるのだろう。
慌てなくてもすぐに海に着くよ、と諭してやる。
夏の終わり、俺は実装石たちと穴場の海水浴場に来たのだった。

「ここに荷物を置くからな。お前らは海で遊んで来い」
俺がそういうと、大小様々な実装達は一斉に服を脱ぎだした。
よしよし、車内での予備学習が効いているな。海には服を脱いで入るものだ。
取りにくそうな首輪は改めて外してやることにする。
肌色の塊は歓声を上げると次々に波打ち際に走り出して行った。

これでよし。一人残された俺は手際よく荷物を片付け始めた。

帰りのサービスエリアで実装どもの服や首輪の入ったプラケースを廃棄する。
まったく、大家の飼い実装だからって調子に乗りすぎなんだあいつらは。
こっちは受験を控えているのに構えだのおやつをよこせだの、
挙句の果てには大家に頭を下げるのを見て下僕と認識したらしい。
愛車にべっとりと糞を擦り付けるに至って、とうとう我慢の限界に達した。
糞蟲の増長にこれ以上付き合ってやる義理はない。

「海に遊びに行きませんか? 車を運転させていただきます」
うやうやしく声をかけると糞蟲親子は疑いもせずに車に乗り込んできたというわけだ。

翌日、大家さんが「うちの仔らが、昨日から見つからないんだけど心当たりはないかい?」と聞いてきたので
「大方遊びに出て迷子になってるんじゃないですかね」と答えておいた。


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