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モダン託児


私が包みを開けたとき、中には一匹の仔実装がいた。
仔実装はおとなしく包みの上に座り、中のものには一切手をつけなかった。
おそらくは停車場から出るときに託児というものをやられたのだろう。
そっと仔実装を座卓の上に移す。
仔実装は卓の上で一礼すると、小さな声で歌いだした。

なんとも不思議な旋律である。
私は火鉢を横に寄せると、仔実装に向き直った。

それなりに練習したのか、歌い踊る仔実装はなかなかの要領の良さであった。
躓くこともつかえることもない。おそらくはこいつの一番得手な演目なのであろう。

私はそっと仔実装を持ち上げると、手に持った火箸を口の中に突き入れた。
焼けた鉄の先で舌をつまむようにし、暫し待つ。

「てひゐ」

仔実装は一声鳴くと、口を押さえて蹲った。
その間に小物箱を捜しに行く。
目当ての小刀と小石を二つ取り出した私を、仔実装はまるで恐ろしいものを見るかのように涙を流して見上げている。
嗚呼、私はこのいたいけな生き物を怯えさせてしまったのだろうか。
なればこそ、迅速にことを為さねばならぬ。

仔実装を捕まえると、文鎮をその腹の上に乗せ、座卓の上に据えた。
ヰゴヰゴと暴れるが、躊躇なくその足先を小刀で切り開く。
露出した肉面に、一粒ずつ小石を埋め込み、紐で縛る。
血が止まり、肉がふさがれば歩けるようになるだろう。
しかし二度と激しく踊ることはできぬ。

「てゑゑんてゑゑん。」

はらりはらりと涙を流して鳴く仔実装。
しかしこれでようやく飼うに値する仔実装となった。

人づてに聞けば、実装石の託児とは、飢えた親が口減らしに行うものという。
街行く人々の手提げや懐を狙い、親実装が仔実装を投擲するというのだ。
もしその仔を憐れと思うならば、軒を貸してやれという。
なれば、投擲される仔実装は憐れでなくてはならぬ。
活力に溢れ、半端に芸に秀でた仔というのは、昼間から遊び歩く居候と全く同じであろう。
着飾った乞食に施そうとする者がないのともまた同じことである。
もし真に芸に秀でた実装石を求めるのであれば、丸善の実装コォナァに行けばよい。
仏国仕込みの調教師による一流の実装石を求められよう。
素人芸などは無駄に腹をすかせる害悪である。

さて、この憐れなる仔実装に如何なる名をつけたものかと思案するうちに、庭先から珍妙な声が聞こえた。
立ちて見れば、立派な体躯の実装石がいる。

「てひゐ。」
「でゑ。」

座卓の仔実装を一瞥し、私に向かって鳴く。
この仔の親であるらしいと目星をつけるも、何をしようとしているのか判断に苦しむ。
すでにこの親は口減らしという目的を果たし、仔実装は私に引き取られた。
私が請うて仔を得たのならいざ知らず、自ら仔を捨てた上でここに来るとはどういうことか。
そうこうするうちに親実装は縁側から座敷に土足で上がりこみ、座卓の上の仔を抱え上げようとする。
連れて帰るつもりであろうか。もちろんそのままさせるつもりは私にはない。
戸棚から大分は喜和屋の酒を取り出すと、湿らせた指先で軽く飛沫を弾く。
まるで雪に水滴を穿つかの如く、頭部には無数の穴を空けた親実装は、どうと座敷に倒れ伏した。

「てゑゑん。」

また仔が鳴く。
捨てられども母恋しということであろうか。仔の性としてなら無理もないことである。
なれば、興が冷めたこともあり、仔実装にも喜和屋の酒を垂らすことにする。

「てゑゑ、てじゃうてじゃう、てじゃう。」

頭頂よりしゃうしゃうと煙を立てて崩れ去る仔実装。
眼窩よりも少々高い位置まで霧散したところで、やがてころりと倒れた。

私は親子の躯を集めると、庭先の楓の根元に親子ともども葬った。
まことに都会には珍妙な生き物がいるものである。


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