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真夏の夜のコンビニ奇譚


あまりの寝苦しさに深夜に起き上がってしまった。
もうこうなっては床に就き直す事もできない。
近場にある某しゃべれる食べれるコンビニに涼を求めにゆく。

      *      *      *

イートインコーナーの隅の椅子をひとつを時間外なのに空けてもらう。
ぼんやりと氷菓を頬張っていたが、離れた窓のほうを見ると口の中のものを噴出してしまった。

大きな窓ガラスに実装石が一匹へばりついている。それもガラスに顔を押し付けるように。
ガラスが冷えるのだろう。潰れてへちゃむくれた顔の真ん中にはやはりへちゃむくれた目玉が2つ。
そのままジリジリと立ち位置をスライドさせてゆく。
なるほど、冷たい部分を求めて体を移動させているのか。
だんだんこちらに近づいてくるタイツ芸の顔が面白すぎて、視線を横にずらせばもう一度口内大噴出。

こっちのガラスの端にも同じような潰れ顔実装が張り付いている。
こいつはこいつでジリジリと奥のほうへ移動していく。
二匹の実装は……ひしゃげたままの顔で近寄っていく。

なんともウズウズする時間の後、二匹の実装石はガラスのちょうど真ん中あたりで出会ってしまった。
しかしお互い涼気に未練があるのか、それとも起こっている事態に気づいていないのか、
顔をガラスにへばりつかせたまま一歩も譲ろうとしない。
2つのへちゃむくれた顔が左右から押さえつけられ、お互いをよじ登ろうとし、手を絡みつかせ、
まるででたらめに組んだ指のように絡み合い、拮抗しあい、張り付いている。
何かしゃべっているのかもしれないが、口はガラスにぴったりついて機能しない。
長らく平面と同体していた目玉もレンズとして機能していないだろう。

とうとう好奇心に耐えかねて、店内で氷の袋を買ってしまった。実装がいる窓ガラスのあたりに内側から当ててみる。
ヘンケルスのロゴのような体勢でイゴイゴイゴイゴとうごめいていた肌色が急に沈静化した。

氷の袋を右に動かせば、一体化した肌色も右に移動する。
早めに左へ動かせば、二匹固まってシャカシャカと動く。

少しの思案の後、今いる立ち位置から少し高いところへと氷を動かしてみた。
なんと、二匹は一瞬固まった後、へばりついたままガラスを登り始めた。
粘質の体液がそうさせるのか、なまじ目が見えないから出来てしまうのか。
「ファイトーデスー」「イッパツデース」という掛け声が聞こえてきそうな勢いだった。
完全にテンションが上がってしまった俺は、縦横無尽に氷を動かし実装たちのガラス昇りを愉しんだ。

ほどなく俺の奇行に気がついたバイトがバケツを持って登場した。
壁にはりついた実装石の下にバケツを置くと、わかってるんだろうな、と言わんばかりにこちらを一睨みする。
俺はゆっくりと氷を窓ガラスから離した。

一瞬電池が切れたように動きをとめた二匹の実装……もはやひとつの塊と化したそれは、
ぺりっとガラスから剥がれると、まるでスローモーションにように1m下のバケツの中に吸い込まれていった。
そして仏頂面のバイトはそれを持って店舗の裏のほうへ消えていった。

あとになって見てみれば、実装の移動した跡には汚れた脂的な何かがべっとりとこびりついていた。
あのバイトはこの暑い中、これを外から磨かせられるのだろう。
悪いことをしたな、と思いつつ、涼気と気晴らしを愉しんだ俺は
バイトがこちらに戻ってくる前にそそくさと家に戻った。

      *      *      *

後に、ほとぼりが冷めたころ、そのコンビニで立ち読みした怪奇雑誌。
「深夜のコンビニで実装石を操る男」という題で俺の写真が投稿されてた。
店内からの撮影で。


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