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必勝石


まだ寒い時期だというのに、境内には多数の人影があった。
その場にいる人間はいずれもまだ若く、手に手に仔実装を持っている。
いずれもひどく傷つき、力なく飼い主の手に収まっていた。

青痣も隠そうとしないその仔実装のエプロンには文字が書かれている。

「T大理3絶対合格」「必勝!W大法学部」
「K高校必勝祈願」「学業成就!K女一本」他、多数

いずれもまるで受験合格を祈る絵馬のような文面だった。
そう、この仔実装たちは、今年の元旦、この神社で「必勝石」として売られた仔実装なのである。

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日本神話において、イザナギの両目を漱いだ汚れから天照大神、月読が、
鼻の汚れから建速須佐之男命が産まれたのは有名な話だが、
左手薬指のささくれから杜刺明虐待命(トシアキシイマチノミコト)が生まれた話は
この地方にしか伝わっていない。

虐待命は高天原から離れると、逢泥乃国(現:ふたば市)に降り立った。
そこには陸も海もなく、一面に緑色の生き物が蠢いていた。
虐待命が、右手に携えた羽或杖(バアルノヨウナナニ(ry))を振るうと、
数千数万の緑色の生き物が砕け散り、赤と緑の血を流した。
赤い血は固まって赤土の大地となり、その上に流れた緑の血は茂る草原となった。
やっと足をつける地面ができ、落ち着いた虐待命の元に、ひときわ大きな緑の生き物がやってくる。
いわく「なぜこのようなことをするでさう。我々はこの地でただ過ごしていただけでさう」と。
虐待命答えていわく「なれば他の万象ただこの場にあること止めぬことあたわじ」と。
緑の生き物いわく「てがう なにをいいたまふかこのうつけ神」と。

やがて糞をひりだし投げつけようとした緑の生き物は、逆に虐待命の怒りを買い、
百の破片に砕かれ、大地に撒かれ、その死骸から100本の枇杷の木が茂ったことから、
この話は「百杷(ヒャッハ)」といわれてこの地の起こりとして伝えられている。

その時の枇杷を食べた一族が後の鍋派の祖先とも言われているが、町の民俗学者が
鼻くそ穿りながら書いたメモ書きしか資料がないので信憑性の審議は不可能である。

さて、その当時のものから枝が継がれ続けたといわれる枇杷の木。
それを境内多数見ることができるのが、この双葉山神社である。

そして、年々の参拝客の激減、実装石神話以外特に売りのない地域性、
神主が企画した企画こそが、新名物「必勝石」だった。

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モノはただの仔実装であるのだが

【最後まで意志を貫けるように】

意志と石をかけた洒落により一気に商品価値を増した。

言霊にあやかって仔実装たちは一匹100円で次々と売られてゆく。
売られた仔実装たちは夢の飼い実装になれるのかと大はしゃぎだ。
しかし、必勝石には大事な役目がある。

エプロンに願い事を書かれた仔実装たちは買われて1分もたたないうちに
次々と白木の杭に突き立てられてゆくのだった。

「やるぞぉ!」「テギャァ!」
「絶対に、勝つ!」「テブォォォォ!」
「合格」「ゲボゥ」「するぞぉ!」「テビィ!」
「嘘テチィィィ!ワタチはこれから飼い実装になるんテベ」
「なんでテチィ!なんにも悪いコトしてなゲボォォォ」

文字通り、「石を貫く」ことを自らへの鼓舞として、気合を入れなおす受験生たち。
総排泄孔から口まで一気に貫かれ、次々と杭の上に重なってゆく仔実装の死骸。

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必勝石にはいろいろとバリエーションがある。
例えばここには大量に運び込まれる蛆実装。

「ここはどこレフー?」「ママはどこレフー?」「プニプニしてほしいレフー」

レフレフ暢気に騒ぐ蛆。それをアルバイトのニセ宮司が丁寧に一匹づつつまみ上げ、
紐の先にクリップで留めていく。

「レフー」「逆さまレフー」「プニプニはしてもらえないレフー?」

ぶら下げられた10匹の蛆。
ニセ宮司が目の前にいる客に鎌を渡す。

「では、願いを込めて、一気にやってください」
「県立U高校…ォ!」

にきび面の中学生が大いに吼える。

「受かるゾォォォォォ!」
「「「「「「「「「「レレレレレレプーン!!!?」」」」」」」」」」

中学生が一気に鎌を横なぎにした。
胴の真ん中で、丁度首の位置で、顔を割られる形で、
ぶら下げられた蛆は20個の破片になった。

「がんばってください!」
「ウッス!」

蛆を刈る。ウジカル。ウカル。

一回100円の「うかりまくり祈願」にも、そのシンプルな爽快感もあいまって、
なかなかの行列ができていた。


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一方。

「デェェェン デェェェン」
「ママーァァァァ イダイテジャァァァ」
「オネエヂャァァァァン」

舞台の上では仔実装が泣いていた。
次の犠牲となる仔を小脇に抱えた親実装も泣いていた。
親の脇に抱えられた妹も泣いていた。

仔実装は総排泄孔から太い杭を突きこまれ、今にも弾けて千切れそうになっていた。

仔を拡する。コオカクスル。ゴウカクスル。

そんな仔実装を前に賽銭を投げて祈る学生の群れ。
次々投げ込まれる五円玉や十円玉が仔実装の額にぶつかってゆく。

「ダズゲデホジイテジャァァァ そこのニンゲン ダレでもいいからタスゲデチャァァァ」
「長女ォォォ」
「オネエヂャァァァァン」

限界まで拡張された仔実装がもはや杭の一部となって泣く。
松明に照らされた舞台から流れる甲高い濁った悲鳴は
どこか荘厳な呪文のような響きで冬の空に消えてゆく。

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ただその場で散ってゆく実装石だけではなく、持ち帰られる必勝石もいる。

元旦に買われていった比較的おとなしい必勝石は、受験までの一月、あるいは二月、
受験生のストレス発散に用いられる。
どうしようもない不安、詰め込めども詰め込めども達せない学問の高み。

そんなとき、目の前で暢気に遊び呆け、あるいは惰眠を貪る仔実装。
自らの志望校を記したエプロンに涎を垂らす仔実装。

受験生達は僅かな息抜きのあと、清清しい顔で机に戻るのである。

     *         *         *

「なんでテチィ! あんなに優しく撫でてくれたテチィ!」

それは自らの願いを込めた実装石だったから。

「デギャァァァ! なんでわたしのあんよを潰したりするテチィィィィ!!」

それはうっかり立ち上がった間抜けな生き物が転んだり滑ったりしないように。

「あんよの先が痒くて臭くて堪らないテチ…白い蟲さんが住んでるテチ…
 もう切り落として欲しいテチ…」

足切りなんてとんでもない!

「…テチャァァ…まだ…続けるテチィィ…痛いの嫌テチャァァ…チィィ!
 もうやめて欲しいテチィ… … … テチャァァァ!!」

勝手に落ちるんじゃない!

「テェェェェ!!! おててにクギを刺すのはやめてくださいテチィィィィ!!」

一発で通るんだ! 通す! 通す!

「髪の毛はだめテチィィィィィ!! やーめーるーテーチーィー!」

ライバルどもを抜き去って!

「ボゴォ!」

まずはセンター突破ぁ!

「服を返すテチャァァァ!!」

絶対前期撃破ぁ!

「頭巾とパンツも返すテチャァァァ!!!!」

後期こそ撃破ぁ!

     *         *         *

…長い戦いの間、必勝石は受験生を支え続けるのだ。
そして、今日は「必勝石お焚き上げの日」なのである。

「ゴシュジンサマァァ!! 約束が違うテチャァァァ!!
 シケンが終わったら優しくしてくれるって言ったテチャァァァ!!」
「嘘テチィィィィ!! ご主人様が幸せになったらワタシも幸せにならなきゃいけないンテチャァァァ!!」
「ズルイテチィィ 春から引越しでつれてけないとかずるいテチィィ!!」
「痛いテチィィ 熱いテチィィ ワタチの実生返すテチィィィィ!!」
「おいしいゴハン食べさせてくれるって言ってたテチィィ 嘘だったテチィィィ!!?」
「テー テー テヒッ テヒッ …テェェェン テェェェェェン! テェェェェェェン!!」

役目を終えた必勝石も、ご利益及ばなかった必勝石も、平等に天に帰ってゆく。

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もとよりストレスがたまる受験生には虐待派の要素が発現しやすい。
犬猫を苛めたり、挙句人間相手の暴行に走るよりも遥かに安全だということで、
勉学の間の憂さ晴らしとして学生たちに人気が出たのである。

我が身のため
我が子かわいさのため
あるいは神代の時代から、人の業と実装石はどこかで繋がっているのかもしれない。

この業深い催しは今の時期しか見ることができない。
近隣の紳士諸君はお早めに足を運ぶことをお勧めしたい。


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