【戻る】


恵方


用意するのは2つの枡と飼いの仔実装、それと無数の野良実装である。
ひとつの枡には金平糖を、もうひとつの枡には実装コロリを入れる。
もちろん見た目は区別がつかない。

飼い主と10m離れて檻の中に飼い実装。
その背後3mの仕切りの向こうには腹をすかせた野良の群れがひしめいている。
格子の隙間から見える餓えた群れには、檻の中の仔実装は餌でしかない。
そんな中、飼い主に許された行動は2つだけ。
「鬼は外」と言いながらコロリを撒くこと。
「福は内」と言いながら金平糖を撒くこと。
檻と仕切りが取り払われた瞬間から、それ以外の行動は一切禁止だ。

そうして、飼い主の背後にある折の中へ飼い実装が逃げ込めたら、無事ゲームセットである。

ゴールの檻は一匹でも実装石が逃げ込んだら入り口が閉じる。
先に野良に入り込まれたら飼い実装に逃げ場はなくなるというわけだ。

会場には虐待派と呼ばれる人種が続々と集まり始めていた。
手に手に年始から躾始めた飼い実装を入れたケージを持っている。

「テチ?」

幸せそうな顔つきの仔実装が中央の檻にセットされた。
第一走者となった仔実装は周囲を見渡し、自らの主人を見つけて、呼びかける。

「テチテチテェ?(リンガル訳:ごチュジンさま これから何が始まるテチ?)」
「いつもどおりさ いつものように『福は内』と言ったときだけゴハンを食べに行くんだ」
「テェ?」

イマイチ状況のつかめていない仔実装。
それに背を向け飼い主は仔実装から姿が見えない外周の向こうへ移動する。

開始の空砲はない。音でパキンする貧弱な実装石がいるからだ。
静かに檻と仕切りが引き上げられる。

「鬼は外ぉぉぉぉ」

仔実装に殺到した群れにわざと気づかせるようにコロリがばら蒔かれる。

「デス!?」「デスデス!」

食欲に支配された糞蟲は一気に方向転換。嬌声を上げてコロリを口に運ぶ。

「デ デゲロブゥェァ!」「ボギェェェェ…ェァ」

「福は内ィィィ」

再度ばら蒔かれた金平糖に仔実装が反応する。
脱出口の方に撒かれた僅かな金平糖に向かって仔実装は走り出す。
しかし、他の実装石もこの御馳走は見逃さない。
口から緑色の汁を吐きながらもだえる犠牲者を尻目に、金平糖に追いすがる。

「デスデス!」「デッスーン!」「テ、テチャァァァ…」

しかしこれでいいのだ。
迂闊に金平糖を仔実装が手にしてしまうと、一気に野良実装が殺到し、
仔実装は金平糖ごと餌食になってしまう。

「デッスーン♪」「デッスーン♪」「テチィ…テ?」

「福は内ぃ!」

「テェェェェ!!」「デ? デデ?」「デスデス!デスー!」

仔実装を誘導できつつ、野良たちを集中させない金平糖の投擲と、
コロリなのか金平糖なのか悟らせない二種類の使い分けタイミングが勝負の鍵となるのだ。

「福は内、鬼は外ぉ」

「デスデスーン♪ デスデスー…デ? デボァ!」「デェェ…?」

時には野良たちに金平糖を与えて誘導させ、二波目のコロリで一掃するなど、
作戦を用いる必要もある。

「テ? テチ? テェェ…? テェ テチィィィィ!!」

しかし、金平糖を撒くときの「福は内」の声で、躾けられた仔実装が誘導されて
逆走してしまうこともあり、なかなか使いどころが難しい。

「テッチューン♪ …テ? テテ?」
「デスー」「デスー」「デスー」
「テッチューン…?」
「デスー」「デスー」「デスー」
「テ テチャァァァァァ! テギャァァ! テベ テチャ テギィィ!!」
「デスー♪」「デスー♪」「デスー♪」

コロリの数は野良たちの数に比べて圧倒的に少なく、弾を使い切れば仔実装は
ステージの中でなぶり殺しにされ、食われることになる。

そう、これは節分大会。
一部の虐待派が「年の頭くらいは殺生もだめだよな、俺信心深いし」ということで
一月虐待断ちをし、その節目となる日なのである。
一月という限定された調教時間、その間の虐待の禁止、限られた命令がゲーム性とカタルシスをより強化するのだ。
厳しいながらも存分に手をかけられた飼いの仔実装は、敬愛する飼い主の目の前で命を落とすこととなる。

「テギャァァァァァァァ!!!」

ゲームから無事生還する仔実装はほとんどいない。
仮にいたとしても、虐待断ち明けの飼い主の元に戻るだけだ。
どう転んでも地獄。
ゴールという恵方に向けて手を伸ばしながら、丸かぶりされる仔実装を眺めて、
虐待派達は今年もうっそりと笑うのだった。


【戻る】