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コールタール


「テェェェ オフロって言うテチー」
「テチ…」

元飼い実装が公園にリリースされて即殺されない例は少ない。
しかし、たまたま永らえた元飼いから野良が情報を得ることもないわけではない。

「ホカホカなんテチィ… アワアワなんテチィ… 気持ちいいんテチィ」
「テー で 他になんか面白いこと知ってるテチ?」
「テェェェ… もうないテチィ…」
「じゃあオマエは用済みテチ?」
「やめてテチィ…許して欲しいテチィ…ゴシュジンサマァァァァ…!!」
「ウルサイ用済みテチ こうしてやるテチ」
「テジャァァァァァァ!!」

もっとも少々永らえたからとて助かるわけでもないのだが。

「というわけでオフロとかいうのがあるらしいテチ」
「テテェ」

新しく得た情報は野良仔実装達のコミュで発表される。
元より他者より優位に立ちたがる性根の実装石、情報持ちも立派な自慢なのだ。
今話題の流れを掌握しているのは一匹の大柄な仔実装。神妙に話を聞く5匹の仔実装の前で、
情報と同時に手に入れた、一回り小さな仔の足を齧りながら弁を振るう。

「ホカホカでアワアワなら知ってるテチィ!」
「テッ!?」「ほんとテチ?」「どこテチ!」

その中で比較的聡そうな仔実装が発言すると、周囲は一気にどよめいた。
まだ梅雨も明けきらない季節。仔実装たちは知らないが、これからもっと暑くなる。
汗をさっぱり流したいのは人間も実装も同じだ。

「そこは広いテチ?」「みんなで入れるテチ?」「近くにあるテチ?」「行きたいテチ!」

あれよあれよと話がまとまり、その場の仔実装全員で「オフロ」とやらに行くことが決まってしまった。

       *       *       *

「ここテチィ」
「テェ」

ダダダダダダダ ドドドドドドド

地響きが轟く工事現場に6匹の仔実装。
目の前にはひとつの容器がある。
そっと覗き込む6匹。

黒い液体からは湯気が立ち上っていた。

「ホカホカテチ」「テチ」

ぼこっと泡が弾ける。

「アワアワテチ」「テチ」「テチ」

煮えたコールタールを前に、6匹は納得する。

「気持ちいいらしいテチ」「テチ」「テェ」

入ることになった。

「・・・! ・・・!!!・・・!・・・ェ・・・!」「ボェ・・・ヌェ・・・」
「・・・・・・! ・・・」「ベボ・・・オェェェ・・・!」
「テ!・・・ ・・・ヌァ!・・・ェ!」「   」

全身から飛び込んだ4匹が、やけにスローモーな動きで暴れる。
顔にも髪にもべっとりとコールタールがまとわりつき、もはや黒い泥人形のような有様だった。
短い両手らしき突起がぐるぐると宙をかきまぜ、糸を引き、のた打ち回り、また「オフロ」の中に沈んでゆく。
そして、もう二度と浮かび上がってこなかった。

「アジュイテジャァァァ!!!」「妹チャァァァン ダイジョブテチィィィ!?」「オネエチャァァ アヅイテチィィィィ!」

足だけ「オフロ」に入った仔実装…この姉妹はついていた…は慌てて飛びのいたままその場を転げまわった。
「オフロ」に飲み込まれてしまったオトモダチ…残念だけど助けることはできない。
自分達だけでも、なんとか助かることができた…これを幸運と呼ばずしてなんと呼ぶ?

慌ててその場から離れた二匹は、力なく公園に戻ろうとする。

「オネエチャ…あんよが痛いテチィィ」
「我慢するテチ もうすぐ帰れるテチ」
「あんよが重いテチ…」
「もうちょっとテチ…テ?」

確かに足が重い。むしろ、道路に吸い付くようだった。

「テェェ? 足が くっついて離れないテチ?」
「テチャァァァ」

固まって粘性のあがったコールタールが姉妹の足を地面に縫い付けていたのだった。
工事現場から程近い道路の上だ。

「テェェェ…テェェェェェ!!!」「オネエチャ オネエチャァァァァ!!」

追い討ちのように、彼方よりトラックのエンジン音が聞こえてきた。
動けない。

「テジャァァァァ!」「イモウドチャァァァ!」

トラックの姿が視認できる距離まできた。
動けない。

「はなれるテチィィィ!」「逃がしてテチィィィ!!」

運転手も至近距離にて実装たちが見えたらしい。おざなりにクラクションを鳴らす。
もちろん動けるわけがない。
姉妹の最後の悲鳴は、減速する素振りもなかったトラックの走行音にもみ消され地面に吸い込まれていった。


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