カオス蛆と暮らす
パソコンを弄っていると視線を感じる。 まただ。 ため息ひとつして振り返るとそこには唐草実装服の蛆がこっちを見ていた。 振り返ると無言でごろりと仰向けになる。 「レフム」 そして微動だにしない。 もうひとつため息をつくと、昔取った杵柄、空手の瓦割りの要領で、全力で手刀を蛆の腹に叩き込んだ。 プニ 体重の乗った手刀を受け、蛆の体から気の抜けた音がする。 「はぁぁぁぁぁっ! チェイッ! チェイッ!」 |
プニ プニ プニ 幾度となく手刀を叩き込み続ける。 「レフム」 まるで「まあ、こんなもんか」といった風に一声呟くと、蛆は音もなくすーっと廊下の奥に消えていった。 仰向けのまま滑るようにいなくなった蛆を見送ると、全身から流れ落ちる汗をぬぐった。 これが俺の仕事である。市から給料も出る。 なぜかカオス蛆になつかれてしまった俺は、カオス蛆が繭を作らないように見張る役目をおおせつかった。 蛆のままなら比較的人間に害はない。だから蛆のままにしておこうというわけだ。 |
カオス蛆。 頭すっからかん。でもカオス。 おおよそ物理法則を無視した実装の中でも、さらに謎めいた力を持つ蛆実装。 その類まれな防御力ゆえにプニプニひとつするのも一苦労である。 あー、体動かしたらトイレに行きたくなってきた。 廊下の角を曲がったとたん、足に激痛。 ぐは、なんだこりゃ? と、小指が激突した物体を見ると、つややかな緑の立方体がある。 ああ、これは・・・ |
「ニャロウ、糞は砂箱でやれと言ったのに…」 カオスの奴の糞だった。 べとつきも匂いもしないが、硬くてひたすら重いのが困りものだ。 ハンマーで粉砕して燃えないゴミの日に出すのが通例になっている。 細かくしないと核融合を起こすらしい。迷惑な。しかし本当か試すつもりもない。 さて、痛みでうっかり漏らすところだったが、なんとかトイレにたどり着いた。 しかし、ドアを開けると、そこは糸まみれの空間だった。 「あーもう、またかよ!」 納戸から枝切りバサミを取り出して、糸というか角質の束を伐採してゆく。 ことさらに大きな糸の塊を薙ぎ切ると、中からカオス蛆が出てきた。 |
「レフム」 こっちを一瞥すると、直立したままトイレのドアから滑るようにすーっと出て行った。 用をたすと、下駄箱の中に入れてあるサッカリンの袋を取り出し、廊下に山盛りにしておいた。 まもなく天井から蛆が垂直に落下してきて、サッカリンをすべて吸い込んで、また天井に戻っていった。 「レフム」 満足そうな声。これでいい。 「レフム」から「レフヌ」になったら一大事だ。防衛大臣へのホットラインで連絡しないといけない。 「レフグ」になったら英語とロシア語と中国語で某所に連絡しないといけない。 |
「一体いつまでこんな生活しないといけないんですか?」 専門家に聞いてみたことがある。 「さあ、なんせカオスですから」 「カオスですか・・・」 丸投げにもほどがある。 部屋に戻ると俺のベッドでカオス蛆が寝ていた。 目をかっと見開いているが、あの寝息のペースは睡眠中だ。 それがわかるようになってしまっている自分が悲しい。 パソコンの電源を切ると、蛆の横にもぐりこんで部屋の電気を消した。 |