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バカとハサミ


実蒼石用安全ハサミを与えてからというもの、うちの実蒼石が元気ない。
安全ハサミと言っても、単純に刃の根元部分が大きく丸く抉り取られ、切っ先が丸くなっているだけだ。
ふわふわ揺れるティッシュペーパーをハサミでシュキシュキと挟んでは、ため息をついている。

「そんなにソレはダメか」
「竹光のみを帯びた薩摩武士の気持ちボク」

そう言われてもしょうがない。先月決められた他実装規制法によって実蒼石のハサミは厳密に規制されたのだ。
理由は簡単だ。他実装は実装石を殺しすぎたのだ。それもひどくスプラッタな方向で。
もっぱら掃除するのは人間であり、飛び散った血液や糞などもひどく不衛生である。
人間の庇護を得たとばかりに暴れまわる他実装に対して、とうとう行政が動いたというわけだ。
うちの実蒼石……ブルマのハサミも、指定の安全ハサミに交換することになった。

「慣れてもらうしかないんだけどな」
「なまじハサミの形をしているゆえにことさらに虚しさが溢れ出すんボク」

遠くの空を眺めながら言うブルマ。しかしそれなら話はわかる。

「ハサミ以外の道具を試してみるか」
「半端な執着よりも新たな境地に活路を見出すのも悪くないボク…」

ストレスのあまり言語中枢に変な負荷がかかりすぎたブルマも、同意はしてくれた。

      *      *      *

「……どうだ?」
「……(カッチ カッチ カッチ)」

ブルマは悲しげな瞳で手にしたトングを鳴らす。目の前にそっとメロンパンを置いてみる。

「……」
「……(カッチ カッチ …… カッチ カッチ)」

一瞬パンを挟む衝動に駆られたようだが、なんかプライドとかそういうめんどくさいものが邪魔したらしい。
どうやらトングはハサミの代わりにはならないようだ。

      *      *      *

「痛い痛い」
「……」
「見てて痛いからやめなさい」
「ボクゥゥゥゥ!!」

お徳用の洗濯ばさみをプレゼントしてみた。名前も一応ハサミだしありかなと思ったが、
何を思ったか自分で自分の顔を挟んでそのまま部屋の隅で拗ねてしまった。ひどく気に入らないらしい。

「遠ざかってるボク! 遠ざかってるボク!」
「……やっぱそう思う?」
「ぎゃー! 急に外すなボクー!」

外しますよ。痕になったら困るから。

      *      *      *

「……なんでマスターはこれを選んだボク」
「いやあ、一応二つ穴が開いてるし」
「マスターの造詣把握能力はいささか医師の診断が必要かと思うボク」

二指用のメリケンサック。装着したはいいものの、

「まるで手錠をかけられているみたいだなぁ」
「なんで法の穴をかいくぐる為のことで逮捕されなきゃならんボクー!」

ごろごろ部屋を転がるブルマ。一応戦闘力はあるんだがなぁ。

      *      *      *

「……」
「……ごめん、これはなかったわ」

手におサルのおもちゃ用のシンバルをはめたブルマ。
とりあえず両手を左右に動かせば気が晴れるかと思ったんだ。一瞬。

「……これは円月輪ということでよろしいかボクゥ」
「うむ、不許可だ。刃として使うのは規制法に引っかかる」
「ううう」

シャンシャン シャンシャンシャン

部屋の中に悲しいリズムが響き渡る。

      *      *      *

「結局なんも代用品はなかったなぁ」
「……いろいろ苦言を呈してよろしいかボク……」

憔悴しきったブルマ。そう言うな。こっちだって貴重な休日を使って付き合ってるんだ。

「しょうがない。普通のハサミを持ってみるか」
「ちょまボク おいボク なんだそりゃボク」
「ブルマ、言葉遣いが荒れてるぞ」
「そりゃ荒れもするボクー!」

まあなんだ、規制法ってわけで、禁止法ってことではない。
きちんとした理由さえあれば、ハサミの所持も認められないわけじゃない。きちんとした理由さえあればね。

「というわけで君は今日から茶摘のバイトをすることになりました」
「謀ったボク!?」

ペットとはいえタダ飯食らいは許さん。俺はそんなとしあき。
ブルマの文句を受け流しながら、結局のところ他実装の行く末なんかを案じてみたりするのだった。


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